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2015年8月31日 (月)

第898段:瀬戸内海ツーリング記(2015/5/4)(5)~関門海峡

 関門トンネル人道入口前の公園(みもすも川公園)には、長州藩の長州砲の模型(レプ
リカ)とかも飾ってある。東屋の下にあるものは、本物のようだ。

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『天保製長州砲

 幕末、関門海峡での6次にわたる攘夷戦は、元治元年(1864年)8月、長州藩兵と
英・仏・蘭・米4カ国連合艦隊との交戦をもって終結したが、同時にこれは明治維新
の具体的始動につながった。この歴史的事件で下関海岸砲台に装備された長州藩
の青銅砲は、すべて戦利品として外国に運び去られ国内から姿を消していた。

 1966年春、渡欧中の作家古川薫氏がパリ・アンヴァリッド軍事博物館に保管されて
いる攘夷戦長州砲を発見、以来返還運動が進められたが実現困難のところ、郷土
出身の外務大臣安倍晋太郎氏の努力とフランス政府の好意によって1984年6月、
貸与の形式で里帰りを見るに至った。この機会に下関東ロータリークラブでは、フラ
ンス政府の了解を得、創立20周年記念事業として、これを原寸大かつ精密に模造
し下関市に寄贈した。

 同長州砲は天保15年(1844)萩藩の鋳砲家郡司喜平信安の手になるもので、幕末
日本人の対外危機感を象徴する歴史的逸品である。

 鎖国に眠っていた日本史がようやく世界史に組み入れられる瞬間を目撃したこの
物言わぬ証人を、海峡のほとりへ永久に安置しようとするのは、歴史に富むこの地
の発展と世界平和を祈念する趣旨にほかならない。』

(つづく)


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2015GW_瀬戸内海ツーリング記」カテゴリの記事

コメント

新着記事の案内がやっと到着‥
又、更新連絡が落ちていました(T_T) 
まとめて読まさせていただきました。897が二つあるので混乱してしまいました。

まめこ様。コメントありがとうございます。
すいません。更新が少し遅れていまして。今日挽回したいと思います。
897段が2つあって、混乱させたようですね。失礼しました。
いつも前日の題名をコピペして、番号だけ変更しているので、たまに変更し忘れるとこういうことになります(^^;。
訂正しておきました。

有難うございました♫

関門トンネル。
僕。歩いて通ったことがあります。
結構不思議な感覚でした。

まめこ様。コメントありがとうございます。
こちらこそ誤字を指摘していただきありがとうございました。

モモのパパ様。コメントありがとうございます。
不思議な感じとは、どんな感じなんでしょう。時間があったら、歩いて往復したところなんですけどね(^^)。

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