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2015年5月

2015年5月31日 (日)

第806段:北海道ツーリング記(2014/7/31)(6)~オホーツク流氷館

 オホーツク流氷館でちょっと興味を引く展示があった。

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『オホーツク文化とは

今からおよそ1,600年前、5世紀(飛鳥時代)から11世紀(平安時代)にかけ、サハリン
南部から、北海道のオホーツク沿岸、日本海沿岸の北部、千島列島にかけて拡がった
文化が「オホーツク文化」です。

オホーツク文化は、同じ時期に北海道の他の地域にみられた続縄文文化や擦文文化
とはまったく異なる文化で、サハリンを通じて大陸あkらの影響を強く受けた文化です。

また、オホーツク文化の遺跡はすべて海岸沿いに分布しており、出土品からも海洋に
適応した生活をしていたことがわかります。

遺跡から出土する海獣や動物の骨や牙を利用した婦人像やシャチ、熊の彫刻などは、
高度な加工技術ご高い造形性を見せています。』

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『モヨロ貝塚と米村喜男(きおえ)衛

それまでまったく知られていなかった、大陸の影響を受けた異質な文化の存在を、初
めて確認したのが、米村喜男衛(明治25年(1892年):青森県生まれ)でした。

東京の理髪店で働きながら考古学を学び、アイヌ文化研究のために大正2年に網走
を訪れた際、網走川河口の丘陵で貝塚を発見しました。それが「オホーツク文化」を
代表する遺跡である「モヨロ貝塚」です。

縄文文化やアイヌ文化とは異なる文化が存在したことを確信し、発掘研究と遺跡を
守り続けるため、網走に永住を決意した彼の研究は、現在もなお続いている「オホー
ツク文化」探求の始まりだったのです。

米村喜男衛は、現市立郷土博物館やモヨロ貝塚館の設置に尽力し、網走の文化振
興にも大きく貢献した功績により、網走市名誉市民に選ばれました。』


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『上:米村理髪店(大正4年(1915年)頃)

 下:発掘風景(昭和6年(1931年))』

 興味を引いたのは、「モヨロ貝塚」のところ。
 前回網走を訪れたのは、2006年夏だった。
 そのとき、何の事前の知識もなく、モヨロ貝塚館を見に行った覚えがある。
 なんか、すごい古めかしい建物で、展示物も少なく、当時は『ふーん』で終わってしま
ったのだけど。。。

(つづく)


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2015年5月30日 (土)

第805段:北海道ツーリング記(2014/7/31)(5)~オホーツク流氷館のクリオネとフウセンウオ

 昨日( 第804段:北海道ツーリング記(2014/7/31)(4)~オホーツク流氷館  )に引き続き、もう少しクリオネの話。

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『クリオネは羽を動かし海中を動きます。
しかし、クリオネは貝の仲間ですから、羽のように見えるだけで、羽ではありません。
では、これは何なのか?
これは貝で言うところの足です。
アサリやシジミなどの貝殻の端についているのが貝の足です。
これを翼の足と書いて、翼足~よくそく~と呼びます。』

そして、こんな生き物も展示していました。

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↑吸盤で水槽にはりつく「ふうせんうお」

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『ふうせんうお

まぁるいからだなので、「ふうせんうお」という名前になりました。 流れが速い場所に
いるので、流されないように、 お腹にタコのような吸盤があります。 岩肌などに隠れ
るために保護色で色を変えます。 でも、 ここは明るい場所なので変化はしないよう
です。』

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『フウセンウオ
カジカ目 ダンゴウオ科 イボダンゴ属

フウセンウオは、ダンゴウオ科に属する北方系の魚で、北オホーツク海や日本海の
宗谷北部に生息しています。
まあるい風船のような姿をしていることからこの名前がつきました。


生育環境は水深90~150m付近に生息しており、海流に流されないように腹ビレ
が変化した吸盤で岩盤にくっつき、がんばります。

保護色で体の色を変え外的から身を隠します。稚魚、幼魚の間は、乳白色、オレンジ色ときれいな色に変化します。』

吸盤がついているとは、ユニークな魚ですね。この形で岩盤に貼り付いて、さらに色まで
周りと同じになったら、見分けがつきません。

(つづく)

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2015年5月29日 (金)

第804段:北海道ツーリング記(2014/7/31)(4)~オホーツク流氷館

 第802段:北海道ツーリング記(2014/7/31)(3)~オホーツク流氷館前のニポポ

 でも書いたけど、駐車場に大型バス3台が停まっていた。団体さんがいるのだろう。

 まず、中に入ると地下に案内される。
 そこには、-12℃を体験できるコーナーがある。本物の流氷も展示してある。あの有名な
濡れタオルをぐるぐる廻すと凍ってしまい、立つ、というのがここ。

 -12℃体験コーナーの入口で係のお姉さんから濡れタオルを渡され、中に入る。

 『さむっ』


 防寒の貸出用ダウンジャケットがあったけど、借りてこなかった。夏だし、涼しい方がい
いか、と思ったけど、涼しいどころか寒い(当たり前(^^;)。

 とにかく、タオルをぐるぐる廻す。


 確かに凍って立つね。


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↑すぐ濡れタオルが凍ってしまう寒さ。

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↑本物の流氷


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↑キタキツネ。もちろん剥製。


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↑ゴマフアザラシ、だと思う。もちろん剥製。

 寒いので、早々に-12℃の世界から出てくる。

 部屋を出たところに、クリオネが展示してあった。
 結構動き回るので、うまく写真が撮れなかったが、ようやく下の写真を撮影。

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『流氷の天使 クリオネ

かわいらしい翼を使い泳ぐ姿から「流氷の天使」と呼ばれているクリオネは貝殻をもた
ない巻貝の仲間、和名は殻をもたないことからハダカカメガイと呼ばれています。体全
体が透明で中央に見える赤い部分は消化器官などです。

北極海、南極海、ベーリング海などの低温水域に生息しており、冬の流氷シーズンに
なるとオホーツク海にも姿を見せるのです。

ミジンウキマイマイという同じ仲間の巻貝を食べるクリオネは、捕食のさい、頭が二つ
に割れ、6本の触手を伸ばして獲物を捕らえます。
ちょっとこわいですね。

春がくる4月には、流氷とともに網走沿岸から去ってしまう不思議な生き物です。』

 クリオネが餌となるミジンウキマイマイを補食するシーンがビデオで流れているんだけ
ど、結構グロい。
 けど、生きるためなので
仕方ないですね。

(つづく)


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2015年5月28日 (木)

第803段:北海道ツーリング準備~商船三井フェリーの予約(1)

 第801段:北海道ツーリング記(2014/7/31)(2)~網走湖畔の朝

のコメントでまめこさんが、『又 再訪問とかされるんでしょうか、』と書かれていて、
ふと、


 『はて。フェリーの予約はいつからだったっけ?』

と思った次第。

 『あれっ!? 始まってる!』

 カレンダーを見ると、すでに始まっていることに気が付
いたのが昨日(5/27)の朝。

 。。。。。

 うちの会社は、世間一般より早く7月下旬に夏休みがある。お盆の時季にも休みがある
けど、こちらは世間より短くなる。なんでも夏場の電力消費の集中を避けるのに協力して
いる、という話があるけど、詳しいことは知らない。

 世間は、8月のお盆の時季に夏休みになるのが普通なので、どこに行っても込んでい
るけど、7月下旬
ならまだめちゃ込みということはない。学生は休みだけど、親が休みで
ないところも多いだろうし。

 そこで、そのときを利用して、旅に出るわけです。

 。。。。。

 閑話休題。

 首都圏から車やバイクで北海道に行く場合、自走するよりはフェリーを使った方が楽
なのは、言うまでもない。

 その場合、茨城県の大洗港と北海道の苫小牧港を結ぶ商船三井フェリーを利用する。

 その商船三井フェリー。予約はホームページ上からでき、予約日は乗船日の2ヶ月前
からとなっている。

 今年(2015年)、うちの会社のカレンダーは7/25~8/2までが夏休み。その2ヶ月前と
いうと5/25なのだ。つまり、予約開始日を過ぎていたのだった。

 このことに、昨日の朝気づき、会社に行く前に急いで予約状況をチェックした。

 しかし。。。

 7/25 深夜便(1:45 大洗港発) キャンセル待ち受付中(自動二輪の空きなし)
 7/25 夕方便(18:30 大洗港発) キャンセル待ち受付中(全ての部屋の空きなし)

 という状態。そりゃ予約開始から丸二日も経っていれば、埋まっちゃうよね。。。

 さて。どうするか。。。

 仕方ないので、7/24の夕方便(18:30発)を予約した。
 7/24は会社を早く退けることになるけど、まぁ夏休みの前日だし。仕事を手早く済ま
せてしまおう。

 復路のフェリーはちゃんと予約をしよう(^^;。


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↑2014/8/3 苫小牧港発大洗港行き 商船三井フェリー 『さんふらわあ さっぽろ』にて


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2015年5月27日 (水)

第802段:北海道ツーリング記(2014/7/31)(3)~オホーツク流氷館前のニポポ

 9:42、オホーツク流氷館到着。なんか工事中だ。
 新天都山展望台、オホーツク流氷館 2015年8月グランドオープン、なんて看板がある。

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 大型観光バス3台が駐車場に停まっている。
 すでに込んでいそうだな。
 とにかく入りますか。

 入口にニポポがある。
 これも網走刑務所の受刑者が作ったという。

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『ニポポ(昭和32年(1957年)商標登録第499663号

ニポポはサハリン(樺太)アイヌの人たちのことばで「小さな木の子供」という意味を
表しています。

その昔、部落の人たちは 木の枝や幹を細工し、小さな人形をつくり、お守りとして
大切にしていました。

ニポポを身につけ、手をふれると事故にあうことなく 幸せをもたらしてくれると信じて
いました。

網走市はこのニポポを郷土の民芸品として創作し網走刑務所で一括製作しております。

                                              網走市』

いや、でもこのニポポ、3mくらいの高さがあるんだけど。。。
民芸品のレベルを超えているような。

(つづく)


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2015年5月26日 (火)

第801段:北海道ツーリング記(2014/7/31)(2)~網走湖畔の朝

 テントの周りや呼人浦キャンプ場の写真を撮るため、テントを少し離れていると、キャン
プ場を散歩している、男女のグループがやって来る。

 すぐにキャンパーではないことは分かった。
 とすると、わざわざキャンプ場を散歩するといったら、「網走観光ホテル」に泊まっている
中国人に違いない。
 一昨日(7/29)、昨日(7/30)とそこの温泉に入りに行ったとき、中国人観光客を多く見か
けたから。

第671段:北海道ツーリング記(2014/7/29)(24)~網走観光ホテル  参照)

 案の定、中国語の話し声が聞こえた。
 その一団の1人が、物珍しそうに、バイクと木の間に張ったロープに干された洗濯もの
見て、写真に撮っていった。


第800段:北海道ツーリング記(2014/7/31)(1)~網走湖畔の朝参照)

 まぁ、別にいいんだけど。。。

 その写真、国に帰ってから見て、思い出になるのかね? と問いたいところだが。。。

 さて、目標は、9時出発だったのだけど、バイクへのパッキングを終え、エンジンを始動
したのは9:28。

 北海道でも1,2を争う(と自分では思っている)網走呼人浦キャンプ場を出発。

 天都山展望台兼オホーツク流氷館に向かう。


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↑バイクへのパッキング完了

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↑荷物満載です(^^;。

(つづく)


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2015年5月25日 (月)

第800段:北海道ツーリング記(2014/7/31)(1)~網走湖畔の朝

 腕時計のアラームは5:15にセットしてあった。
 『うーん、鳴っているな。』
 と思いつつ、二度寝(^^;。

 起きたのは6時前。ラジオの天気予報を聞くと、今日も道内は晴れのようだ。
 ただ、台風12号が接近しているらしい。
 復路のフェリーに影響がなければいいけど。
 6時のニュースを聞いたあと、ポメラで日記を付けて、現在6:30。
 さて、動きだそう。
 まずは、呼人浦キャンプ場のテント周りの写真を撮ろう。

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↑鴨、かな?

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↑すぐ目の前が網走湖。

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↑洗濯ものを干すため、ロープを木とバイクの荷台の間に張った。

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(つづく)


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2015年5月24日 (日)

第799段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(120)~夜空を見上げながらの夕食はいいよね

 網走湖から見えていた夕日は、木立ちに隠れてしまったが、まだ日の入りではない。
空が明るいうちに夕食の準備をする。
 スーパーでは総菜ばかり買ったので、調理する必要がない。最近はまな板、包丁をつかっての調理をしなくなったな(^^;。

 ご飯だけ炊くので、米を研ぎ、水に浸けておく。

 先に風呂にするか、明るい内にご飯を食べるか迷ったが、ご飯のとき、ビールが飲みたい。ビールを飲むとバイクには乗れないので、先に風呂にする。

 昨日行った網走観光ホテル。500円也。

 このとき、フロントでサブカメラのPENTAX OPTIOの電池の充電をお願いする。快く応
じてくれた。こういうところはサービスがいいね。脱衣所とかだと盗まれたり、いたずらされるかもしれないし、何より勝手に電源を使っていいのか、というのもあるし。フロントに預けていたら安心だ。

 19:00過ぎにホテルに来たと思うが、またまた長風呂+ポメラによる日記付けで現在
20:40。

 これだけ時間が経てば、電池も充電が終わっている頃だろう。

 身支度を整え、フロントへ向かう。

 ところで。今回、目薬を持ってこなかったのは失敗だった。目がしょぼしょぼする。炎天
下の中、「博物館網走監獄」を歩き回ったので、たとえサングラス(車用)をしていても、少し、紫外線が瞳に入るだけで、目が充血してしまう。
 どこかで買おうかな。

 フロントでOPTIOの充電池を受け取り、バイクのところに行く。
 ここで、上下ともレインウェアを着込む。
 夏とはいえ、オートバイで走ると寒いことと、キャンプ場に行ってからの蚊対策だ。
 特に下はレインウェアを着ていれば、刺されることはない。
 昨日も行ったローソンに向かう。


第672段:北海道ツーリング記(2014/7/29)(25)~キャンプなのに夕食は…参照

 ビールにつまみのおかし、明日の朝食用のパン、リンゴジュース、サラダを買う。

 呼人浦キャンプ場に戻ってきたのは、21:30頃だったろうか。

 もうほとんどのテントが真っ暗。そりゃ、キャンプ場でこの時間ではそうだろう。

 うーん。自分だけか。こんな夜更かしのキャンプ生活は。

 キャンプ場の入口からは、オートバイのエンジンを切り、手で押してテントまで行く。
周りの迷惑だからね。

 テントに着いて、準備してあったご飯を炊く間に、洗濯物を干す。

 そして、ようやく夕食。
 ご飯が炊きあがるまで待ってられないので、先に惣菜を食べ始めよう。

 それにしても夜空がきれいだ。
 昨夜もそうだったが、東京では明るすぎて
星がほとんど見えない。
 しかし、ここでは違う。
 北の空にすぐ北斗七星が見つけられた。

 おっ、今、流れ星。

 星を見ながら夕食というのもオツなものだ。

 疲れとビールの酔いもあって、早々に眠くなった。なんとか気力で歯を磨き、テントに潜り込む。
 横になったら、すぐ寝てしまった。
 時間は、ちょうど0時くらいだった(遅すぎる。。。)


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↑夕食公開(^^;。 おかずはスーパーの閉店間際に半額で買った惣菜ばかり。。。
 女満別産のゆでとうきびはうまかった(^^)。


【7月30日データ】
オドメーター:71772.0km
7月30日の走行距離:25.5km
万歩計:14,429歩(約10.1km)

(つづく)


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2015年5月23日 (土)

第798段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(119)~網走湖の夕日

 JR網走駅の東側には銀行や郵便局もあるので、街になっているようだ。夕食と明日の朝食の食材を買うため、地元の人が買いに行くようなスーパーを探す。

 ほどなく、「スーパー100」というスーパーを見つける。100って、100円のこと? ではないだろうけど。

 品揃えはそれほど多くはない。ただ、閉店間際のためか、総菜類を半額で売り出していたので、それを4つ、あと女満別産のゆでトウキビ(これも半額の108円(税込み))を買う。

 ビールは、コンビニより高いので、買わない。朝食用のパンやサラダの類もないので、それらは、ローソンで買うことにしよう。

 網走湖に沈む夕日を見るため、急いでキャンプ場へ戻る。

 現在、時刻は18:30くらい
 網走湖の西側に木立ちがあるため、網走湖畔の呼人浦キャンプ場からは、水平線が見えない。

 ハンディGPSによると、18:51が日の入りだが、太陽はそれより前に木立ちに隠れる。

 オレンジと赤を足したような色の夕焼けだった。

 ただ、デジタル一眼レフのオリンパスE-620ならもう少しうまく撮れたかも、なのだが、

 第670段:北海道ツーリング記(2014/7/29)(23)~呼人浦キャンプ場
 

で書いた通り、故障しているので、サブカメラのPENTAX OPTIOで撮影した。

 ホワイトバランスを日陰、露出補正を-1.0~-1.7くらいにすると、夕焼けっぽく写った、
と思う。


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↑網走湖畔にある看板。  “夕日に映える網走湖”とある。
 写真右上には、夕日。


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↑網走湖の夕日。もう少し、ワイドで撮影できたら良かったんだけどね。。。

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↑夕日が隠れる直前

(つづく)


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2015年5月22日 (金)

第797段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(118)~網走駅前にて

 JR網走駅前でいつもの駅舎をバックにしたバイクの写真を撮るべく、バイクを手で押して
駅の前まで持ってくる。

 駅の構造的に駅舎は見えないため、網走駅の看板の前にバイクを停めて写真を撮った。


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第737段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(64)~「網走」を小説では

でも書いたのだが、駅の看板は珍しく縦書きだ。
これに関し、看板の向かって右にあるプレートに理由が書いてあった。


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『網走駅の駅名看板と網走刑務所

 この網走駅の桂板で作られた駅名看板は、横書き駅名表示の多いなかで縦書きと
なっています。旧国鉄時代には、網走刑務所で刑を終えた元受刑者のほとんどが、
この網走駅から列車に乗車して故郷等へ向かって行きました。

その網走の町を去る際、「この縦書き看板のように、横道にそれることなく、まっすぐ
に歩んで生きて行って欲しい。」との願いが込められて縦書きになっていると伝えられ
ています。

 これは、厳しい中にも豊かな幸をもたらしてくれるオホーツクの海に沿って生きる、お
おらかで人情味あふれる網走市民の暖かな気持ちに支えられ、網走の市民とともに
網走刑務所が歩んできた歴史を物語っているものです。

平成15年10月5日
                                        網走刑務所長 記』


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第796段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(117)~網走駅前

で出てきたモヨロ人の像の前にある看板。


こちらは、網走が舞台の映画について紹介したモニュメント。

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『幸福の黄色いハンカチ 撮影地

過去を持つ主人公の物語と
暑い(「熱い」の書き間違いか?)カップルのラブストーリー
が北海道の四季とともにつづられる作品。1977年に公開されるや大ヒットを記録し、そ
の年の映画賞を独占した。


配給会社 松竹株式会社
公開年   1977年
監督    山田洋次
主演    高倉 健
主な出演 武田鉄矢 桃井かおり 倍賞千恵子』

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『男はつらいよ寅次郎忘れな草 撮影地

 全48作品が公開された国民的人気シリーズ “男はつらいよ”シリーズの第11作目。
寅さんとリリーはここ網走で出逢った。別れた後で妙に思い出すひとがいますね。
「ほら、逢っている時は何とも思わねえけど…そういう女でしたよ あれは」

配給会社 松竹株式会社
公開年   1973年
監督    山田洋次
主演    渥美清
主な出演 浅丘ルリ子 倍賞千恵子』

今度、TSUTAYAで、 “幸福の黄色いハンカチ ”を借りてこようかな。

(つづく)


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2015年5月21日 (木)

第796段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(117)~網走駅前

 現在、16:40。
 こんな時間なので、流氷館は明日見よう。

 すぐに、道の駅とJR網走駅に行こう。
 
 エンジンをかけようとして、オートバイのキーは?と思って探す。そうしたら、オートバイに
付けっぱなしだった(-_-;

 うぁー。よく盗まれなかったな。ときどきやってしまう。
 戒めのため、ブログに書いておこう。そうすれば、思い出して以後気を付けるだろう。

 16:55出発。
 17:05頃、「道の駅流氷街道」着。時間がないので、スタンプだけ押してすぐ17:15出発。

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 JR網走駅に到着。銅像がある。

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『モヨロ人漁撈の像

6~10世紀頃、サハリンなどの北方からオホーツク沿岸に渡来してきた「オホーツク
文化」の人びと。網走最寄(モヨロ)貝塚はその代表的な集落跡です。彼らはクジラや
トド、アザラシなどを主な生活の糧とする古代の優れた海洋狩猟民でした。』

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『網走ライオンズクラブ

第1回チャーターナイト記念事業
 1963年6月23日』

結構古いんですね。手前の説明文だけは最近作られた感じです。

(つづく)

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2015年5月20日 (水)

第795段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(116)~二見ヶ岡農場旧正門

 網走にある『博物館網走監獄』を見学しているところ。

 博物館の入場ゲートに建っている門です。写真の左側の建物がチケット売り場と
入場ゲートになっていて、この門から入場するわけではありません。

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『2 二見ヶ岡農場旧正門

 明治24年(1891年)に始まった中央道路開削工事などの、外役労働が終わり、網走
刑務所が自給自足による農業監獄を目指して本格的な開墾が始められました。

 明治29年(1896年)には、現刑務所から西方6kmの二見ヶ岡に外役所が設けられて、
やがて日本一の広大な(16,181,266m2)刑務所農場がつくられました。

 この門は、博物館に移築復原されている二見ヶ岡農場の正門を再現し、博物館網走
監獄の入場ゲートとしたものです。』

 これで、博物館網走監獄は全部の建物を見学した。
 
 現在、16:40。 入場したのがちょうど13時頃だったので、3時間20分ほども博物館を
見ていた。今日はこの博物館巡りで終わりそうだ。

 パンフレットには、見学時間は長くても80分、つまり1時間20分ということだったが。。。

 さて、移動しよう。


(つづく)


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2015年5月19日 (火)

第794段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(115)~釧路集治監網走囚徒外役所正門

 網走にある『博物館網走監獄』を見学しているところ。

 次は、『釧路集治監網走囚徒外役所正門』。

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『釧路集治監網走囚徒外役所正門

 刑務所の門塀は、受刑者の逃走を防ぎ、社会治安を守ることが目的ですが、社会の
目から受刑者をとおざける人権尊重の意義もそなえていました。塀の造りは、明治5年
(1872年)監獄則で石造りか煉瓦造りにすることが定められましたが、監獄設置の永久
性や仮設性、資材調達の関係等、地域の事情により造られていました。網走の場合、
創設当時の塀は木造で造られていました。』

 木造の塀では、ちょっと弱そうですよね。資材の関係もあったかもしれませんが。

 さて、ようやく次回で博物館網走監獄は最終回。

(つづく)


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2015年5月18日 (月)

第793段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(114)~哨舎

 現在、網走にある『博物館網走監獄』を見学しているところ。

 次は、哨舎(しょうしゃ)。
 ん? これは前に見たことがある。

第771段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(96)~詰所


 で、 “詰所”として紹介した建築物だ。正しくは哨舎だったのか。

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『哨舎

 これは外部からの侵入や受刑者達の行動を監視する見張所のことです。

 明治13年(1880年)に内務省が制定した図式に基づいて、全国各地の刑務所

では出入口に様々な色や型の哨舎を設けています。この哨舎は平成6年(1994年)
までに実際に網走刑務所で使用されていたものを移築したものです。』

 以前にも書きましたが、ほんとに観光地にあったら、ソフトクリーム出すお店
みたいに小洒落た建物です。

(つづく)


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2015年5月17日 (日)

第792段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(113)~教誨堂

 現在、網走にある『博物館網走監獄』を見学しているところ。
 
 次は教誨堂。

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『22 教誨堂  平成17年(2005年)7月12日文化庁より登録有形文化財に認定

 明治23年(1890年)に外役所が設置されて以来、農業監獄として整えられた明治30年代
の網走監獄建物群は樺戸本監や釧路分監をしのぐ優れたものであったといわれていま
す。しかし、これらの建物も明治42年(1909年)の火災によってことごとく消失してしまい
ました。

 この教誨堂は明治45年の復旧時に建てられたものですが、受刑者たちは、「ここは
神仏の宿る家だから」と、どの建物よりも精魂こめて造ったといわれています。ここでは、
宗教心をもつことの大切なことが説かれ獄則を守り、希望をもって更正への道を歩む
ことが教え導かれました。

 戦後は、軽スポーツや、舞台が造られて演芸会や映画界が催され、受刑者達の唯一
の憩いの場になりました。』

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↑確かに、小さな体育館くらいの広さがあります。

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『教誨堂

 教誨とは、僧侶、牧師などの宗教者が刑務所を訪れ、受刑者に、人の道を説き犯罪
ですさんだ気持ちを和らげ更正へと導くことを言います。明治45年(1912年)建築の材
料も作業で山から切り出した木を使って作りました。

 瓦も網走監獄の窯で焼いたものです。宗教的な意味合いのある建物ですのて「神仏
の魂を宿す場所だ』と特に精魂込めて作ったといわれています。

 戦前(1945年)までの網走の教誨事業は、仏教の浄土真宗東本願寺系の宗派が行
っていたので、正面には仏壇をこしらえ阿弥陀如来像を安置していましたが、戦後は
舞台に改造し多目的に使えるようにしました。昭和56年(1981年)に移築復原し 平成
17年(2005年)国の有形文化財に認定されました。』

Imgp8141r

『教誨法会

 1,200名の罪囚を収容して創設された網走刑務所はその後五500名~700名
の収容人員を維持し続けたが昭和25年(1950年)には1,600名を越えるに至った。

 その間の死者は981名でその内訳は病死者883名、変死者75名、死因不詳者
23名であった。これらの死者のうち引取人のない遺骸は現刑務所の裏山にある
墓地に埋葬された。大正4年(1915年)には釧路分監創設以来の受刑者、職員の
死者579名もここに合葬され、以来毎年春秋には職員・家族に受刑者の代表も
加って読経法会が行われた。

 一方教会堂では月一回の総囚教誨・法会が行われたほか受刑者の両親・妻子
が死亡したときは作業が三日間免除されて喪に服し教誨師による読経回向(えこ
う)も許され、受刑者が死亡したときは親しかった同囚も参列して回向が行われた。

*文中死因のうち変死者とは縊死(いし)・中毒死・溺死・抵抗惨殺で死因不詳者
は死因記載なきものと網走分監史は記録している。』


 刑務作業の一環として、刑務所内の建物も受刑者によって造られていたわけですが、
教誨堂は神仏が宿る場所だから精魂込めて造った、とあります。
 その気持ちは分かるのですが、そういう気持ちを抱く受刑者が犯罪を犯したというの
が解せない気がしますね。
 捕まった後に改心した、ということなんでしょうか。

(つづく)


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2015年5月16日 (土)

第791段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(112)~懲罰房

 現在、網走にある『博物館網走監獄』を見学しているところ。

 次は、このバス亭の待合所のような建物。実は、『懲罰房』。

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もう一種類あります。それが以下。
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↑引き戸かと思ったら、牢でしたね。

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『20 21  懲罰房

 これは樺戸(かばと 現在の月形町)集治監の懲罰房です。この房の立ち並ぶ周囲
は木塀でおおい、その中を闇堂(やみどう)とよばれました。

 獄内規則を犯した受刑者が7昼夜重湯(おもゆ)のみがあたえられて入居させられま
した。』

 真っ暗だし、食事は重湯だけ。。。 受刑者といえど、ここに入れられるのは、恐怖
だったことでしょうね。

(つづく)


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2015年5月15日 (金)

第790段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(111)~煉瓦造り独居房

 現在、網走にある『博物館網走監獄』を見学しているところ。

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『18 煉瓦造り独居房

 明治時代、監獄内の規則を守らない者には食事の量を減らし、一定の期間生活させる
罰がありました。窓のない真っ暗な、この独居房での生活は受刑者にとって大変つらい生活でした。
 この煉瓦造り独居房は、明治末期に造られ、平成3年(1991年)3月に博物館網走監獄
に移設しました。』

 真っ暗な部屋に閉じ込められるというのは、辛い罰ですね。さすがに荒くれの受刑者も
おとなしくなるでしょう。

(つづく)

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2015年5月14日 (木)

第789段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(110)~刑務所浴場

 現在、網走にある『博物館網走監獄』を見学しているところ。

 昨日に引き続き、浴場。

 この欄間のようなものは。。。

Imgp8118r_2

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『これは旧浴場屋根の上に設けられていた「湯気抜き」に施された模様を切り抜いた
板です。』

こういうところに模様を彫るところは、日本人らしい美的な感覚ですね。

(つづく)


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2015年5月13日 (水)

第788段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(109)~刑務所浴場

 現在、網走にある『博物館網走監獄』を見学しているところ。

 昨日に引き続き、浴場。

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↑ここは脱衣所のようですね。

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『●浴場の施設

この浴場は、明治四十五年(1912年)から昭和五十四年(1979年)まで網走刑務所で
使用されていたものを再現したものです。

「湯気抜き」を設けた木造平家総瓦葺きの建物は明治大正期の「銭湯」の様式を偲ば
せています。

浴槽は、それまでの木製にかえて当時としては近代的なコンクリートで造られました。

給湯は再建時に炊飯、通電用に設置されたボイラーによって、それまでの湯をわかし
てくみ入れる差湯方法から鉄管を浴槽にとりつけ蒸気を通してわかす方法が取られま
した。』

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『●入浴方法

十五人単位で脱衣から着衣まで約十五分、一槽入浴(三分) 洗体(三分) 二槽入浴
(三分) 洗顔(三分)が号令によって行われたが、現在は電令(ベル)で合図されます。

一日(朝から夕方まで)に入浴できる人数は約二百人で千人の囚徒が全員入浴するの
に五日間かかりました。しかし、出所する囚徒には、その前日に一人だけでゆっくり入浴
することが許されていました。

●看視の方法

起床から還房までの囚徒の行動を付き添っている「担当看守」に引率されて浴場に入り
ます。浴場には浴場係の看守がおります。脱衣場に一名、浴場に一名が所定の位置か
ら脱衣、着衣までの合図をおくり、短時間で入浴を済ませることが出来るよう看視してい
ます。私語を話したり、浴槽の中で物品の受け渡しがないよう看視を続けます。』

入浴時間が短くてせわしないですね。
まぁ、人数が多いので、仕方ないかもしれません。

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『●入浴用品

●タオル
官給品のタオルは白色と決められていますが、成績優秀者は所内で指定されたものを
自費で購入できます。色物や柄物を購入して使用する者が増えています。

●石けん
かつては、密かに石けんを持ち出す者もいたので、石けんに穴をあけて天井から紐で
つるしたこともあったといいます。現在は官給品の石けんが木箱に備え付けられています。』

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↑看視する刑務官も大変ですね。

(つづく)


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2015年5月12日 (火)

第787段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(108)~刑務所浴場

 現在、網走にある『博物館網走監獄』を見学しているところだ。

 次は、「浴場」。

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『17 浴場

 大勢の者が寝食を共にする刑務所では、皮膚病などが流行しやすく、そうした衛生
面からも、浴場は欠かせない施設のひとつで且つ1日の作業終了後、受刑者にとって
入浴は楽しいひと時でした。

 網走刑務所では「差湯方式」の浴場が明治42年(1909年)の大火で焼結後、コンクリ
ートの浴槽に蒸気で湯をわかす当時としては、まことに近代的な浴場でした。』

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『●監獄の入浴

多くの囚徒が寝食をともにする刑務所では食中毒や伝染病の発生に気をつかい衛生
状態の維持に注意がはらわれました。したがって入浴は衛生管理上欠かせないもの
で、明治五年(1872年)監獄則においても「毎日囚人を罷役後(ひえきご(作業終了後)
入浴せしむ』と定められていました。

しかし、実際には一ヶ月五回前後でした。一方、囚徒にとっては厳しい監視のもとで、
わずか十五分程度の入浴でありましたが食事 就寝とともに所内では数少ない楽しみ
の一つでありました。』

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↑もちろん皆マネキンです(^^;。

(つづく)


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2015年5月11日 (月)

第786段:夜間運転がラクになるグッズ、その修理は。。。

 キャンプツーリングのとき、早い時間にキャンプ場に入ってしまえば、夜、オートバイを
運転する必要はない。

 のだけど、実際はテント設営後、キャンプ場近くの温泉に行き、その後スーパーで夕食
の食材を買って帰る、なんてことをしていると、どうしても日の入り時刻を過ぎて、辺りは
暗くなってしまう。


 また、普段の生活でも、オートバイを利用するけど、暗くなってから運転することなんて
いうのはごく普通にあること。

 そのときの対向車のライトは結構眩しい。最近は、光度の強い青白い光を放つヘッドラ
イトを点けている車も多くなった。これがまた、従来よりさらに眩しい。


 そこで、夜間に運転するときは、このサングラスを付けるようになった。

 『通販生活』の “ナイトナビゲーター”というサングラスだ。

http://www.cataloghouse.co.jp/hobby/car_and_bicycle/1103186.html

Imgp3946r
↑夜間用サングラス  “ナイトナビゲーター”

 説明書きによると、
「ヘッドライトや街灯のまぶしい光の青色光線(400〜500ナノメートルの波長)を76.7%
もカットしてやわらげ、夜間運転中の視界をくっきりクリアに保ってくれるドライブグラスで
ある。」

 実際使ってみると、かなり眩しさが低減する。

 このサングラスが、今年のGWのツーリングの最中に壊れてしまった。ツルの部分が、
レンズ(度は入っていない)から外れてしまったのだ。当然、壊れた後は使用できず。

 で、昨日(5/10)、家の近所にある、「眼鏡市場」に行ってみた。通販だったから、当然
ここで購入した訳ではないのだけど。。。

 ものを見せて、修理できるか尋ねると、
 『ネジは規格品で大丈夫そうですね。やってみましょう。』の返事。
 良かったぁ。


 10分くらいして、修理を終えた。
 『ネジの下に透明な部品があるのが見えますか? これシリコンなんです。
 長年使っているうちに弾力性がなくなって割れてしまい、それが脱落すると、ネジと
 レンズの間に隙間ができるので、ガタガタになってしまうんです。』

Imgp3945r
↑ツルの付け根の拡大。ナットの下に透明なシリコンの部品が見える。

 どうもシリコンの劣化は避
けられないらしい。定期的に交換すればよいのだろうけど、
 大抵は壊れてから、眼鏡屋さんに持って行くだろうしね。


 ところで。。。
 『それで、お金は…』
 『いいですよ。サービスします。』

 おおおっ。なんというサービス精神。
 部品代は安いだろうけど、手間賃は取られるかな、と思っていたんだけど。


 こういうお店で眼鏡を購入したいところだけど、自分は眼鏡を使う必要がないんだよ
ねぇ(^^;。


 ただし、このサングラス。黒っぽい服装の人が見えづらくなる、ということがある、
らしい。自分は経験したことがないんだけど。


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2015年5月10日 (日)

第785段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(107)~網走刑務所赤煉瓦外塀の煉瓦

 現在、網走にある『博物館網走監獄』を見学しているところ。

 『五翼放射状平屋舎房』を見終えて外に出た。

 大分この博物館を見るのに時間を使ってしまった。

 お昼ちょっと前にこの博物館に到着して、そのあと監獄食堂で監獄食(ホッケ定食)を食べて見学し始めたのが13時頃。時間も16時近い。3時間もいるのか。。。
 もう少しで全部見終わるので、頑張ろう。

 さて、次の展示物は。。。ただのレンガ?


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『網走刑務所赤煉瓦外塀の煉瓦

 この煉瓦は、現刑務所の外塀に使われていた煉瓦の一部で最近、工事用の出入口
を造るために取り壊されたものです。塀の構造は、地下六尺(1.8m)を掘り下げて丸太
を打ち込み、布コンクリートの上に軟石の基礎石を敷き、その上に煉瓦を3丁3段積み
から最上部は1丁半積んで、更にその上に1尺巾(30cm)の笠石を置いたつくりになっ
ています。』

 4月25日にネパールで大地震がありましたが、ネパールの建物はレンガ製のため、
多くの建物が倒壊していました。現在の網走刑務所の外塀もレンガ製ですが、耐震
製はどうなんでしょうね。見る限りは、堅牢に造られているようですけど。

【参考記事】

第677段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(5)~網走刑務所

(つづく) 

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2015年5月 9日 (土)

第784段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(106)~五翼放射状平屋舎房

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『五翼放射状平屋舎房』を見学中。
 次に第五舎。

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Imgp8088r
『 第五舎

 雑居房総数           22房
 広さ              9.90m2
 1房当たり収容定員    3~5人
 独居房総数           20房
 広さ              4.90m2
 1房当たり収容定員    1人     』

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『 舎房内の暖房について

 厳寒の網走では、暖房器具の設備は、特に重要です。
 網走監獄においても、開設当初は、このように薪ストーブを使用して暖を取っていまし
 た。その後、時代と共に石炭ストーブ、石油ストーブ、スチーム暖房と近代的に整備
 されてきました。

 第5舎58mの長い廊下には、ストーブ2台設置されておりました。設置については、均
 等に温かさが伝わるように非常に神経を使い位置が決められたものです。

 この薪ストーブと煙突は網走刑務所に当時使用されていたものと同じものの製作を
 依頼し、受刑者が仕上げたものです。』

Imgp8063r

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 いくら薪ストーブがあっても、これだけでは寒そうですね。

(つづく)

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2015年5月 8日 (金)

第783段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(105)~五翼放射状平屋舎房

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『五翼放射状平屋舎房』を見学中。
 引き続き第四舎。

 その天井に目を向けると。。。

Imgp8049r

『 第4舎24房

 ここで脱獄事件が起こったのは昭和19年(1944年)の夏のことでした。脱獄した人物
は網走刑務所を含む4つの刑務所を脱獄した「昭和の脱獄魔」と呼ばれた人物です。

昭和11年(1936年)青森刑務所柳町拘置所、昭和17年(1942年)秋田刑務所、そして昭
和18年(1943年)4月に網走に移されてから1年4ヶ月後の昭和19年(1944年)8月26日に
脱獄しています。

手口は、青森では針金で合鍵を作り、秋田では天井の換気口を破り、網走は扉の視
察口を壊して脱獄しました。昭和21年(1946年)逃走中に事件を起こし逮捕され、札幌
刑務所に収容したのですが、自作の鋸で床板を切り抜き、食器で床下を掘って脱獄
しました。

この人物をモデルにした小説「破獄」が出版され、NHKがテレビドラマ化し話題となりま
した。 』


Imgp8053r

Imgp8054r

Imgp8055r

 こんな感じで脱獄したんでしょうかね…

(つづく)


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2015年5月 7日 (木)

第782段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(104)~五翼放射状平屋舎房

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『五翼放射状平屋舎房』を見学中。
 引き続き第四舎。

Imgp8059r

Imgp8041r

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↑懲罰執行中。
 ずっと正座していないといけないんでしょうか?

Imgp8044r

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↑房内作業


Imgp8046r
『塀禁罰(へいきんばつ)

 監獄の中で規律違反の行為を繰り返し行うものには懲罰が与えられます。些細な
ことであれば、典獄(てんごく:刑務所所長のこと)の判断により、譴責の懲戒ですま
せられることもありますが、違反行為が他の者の秩序を乱すときは「塀禁罰」という
罰が与えられます。

 「塀禁罰」とは独居房の中に昼夜一定の期間入れ、牢屋から出さないで減食させ
反省させるという罰です。さらに重塀禁になると、個室に移り寝具も与えられない
という厳しい罰です。』

(写真の解像度が低いため、手書きの説明は内容が写真の内容と違うかもしれません。)

(つづく)


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2015年5月 6日 (水)

第781段:瀬戸内海ツーリングより帰着

 瀬戸内海ツーリングより帰着しています。

 今回は。。。計画に無理があった。
 東京港から徳島港へ。
 徳島からしまなみ海道経由で新門司まで行き、新門司港から東京港に戻るという計画。

 その通りのルートを走ったのだけど、本州に入ったのが5/3。この日は昼前から雨が
振り、雨足は強くなるばかり。とてもキャンプできるような天気ではなかった。

 また、5/4 19:00新門司港発のフェリーに乗らなければならないので、なるべく5/3中に
新門司方面に近づいている必要があり、高速道で宇部まで行き、宇部の健康ランド
(24H銭湯)で宿泊した。

 今回は呉、広島、宮島、岩国などにも行きたかったのだけど、泣く泣くすべて封印。



 自分のオートバイで旅をしたい、しかし、目的地まで自走するのは大変、ということから、
フェリーを利用しているのだけど。。。

 船旅は、他の交通手段と違って、動き回れるし、お風呂はあるし、ということで、なかな
か情緒があるんだけど、時間がかかるところが、難点。限られた休日のうち、移動時間
がとられてしまうから。

 今回は有給休暇も使って4/29-5/6まで8日間の旅だったけど、そのうちの3泊をフェリ
ーの中で過ごしているから。

 2014年夏の北海道ツーリングの話をとっとと終わらせて、今回の旅の記録を書くこと
しよう。

 ただ、明日からもうしばらく、『2014年夏 北海道ツーリング記』 です(^^; 。


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