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2015年4月

2015年4月29日 (水)

第780段:瀬戸内海ツーリング出発

 今日から5/6までGW。もっともうちの会社は暦どおりなので、4/30と5/1は休みではない。
しかし、これは “休め”と言っているようなものだろう。

 有給休暇の消化のためにも休ませてもらおう(^^)。

 今回は、4/29にオーシャン東九フェリーを利用し、東京港から徳島港へ向かう。徳島か
らは瀬戸内海沿いを進んで、しまなみ海道を渡り本州上陸。さらに西に向かう。

 復路のフェリーは5/4、福岡県の新門司からやはりオーシャン東九フェリーに乗り、徳島
港経由で東京に帰ってくる、というのが大雑把な計画。

 観光に使えるのは、4/30~5/3。4日間だけだ。5/4は恐らくリエゾン(ラリー用語でSS
(スペシャルステージ(タイムアタックをするステージ))とSSの間をつなぐ移動区間。)とな
るため、ひたすら走っているだろうから。

 時間配分に気をつけよう、と思う。
 次にいつ来られるか分からない、なんて思うため、一つのところに長居するのが悪い
癖(^^;。 適当なところで切り上げないとね。

 さっさと、2014年夏の北海道ツーリング記を終わらせて、今回のGWの旅の記録を書い
ていくことにしよう。

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2015年4月28日 (火)

第779段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(103)~五翼放射状平屋舎房

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『五翼放射状平屋舎房』を見学中。
 次は第四舎を見てみよう。こちらは独居房になっている。

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『第四舎

独居房 総数八十  広さ四.九〇平方米  一人で起居する』


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『独居房

 部屋の広さは約3畳(4.95m2)で収容定員1名です。規則違反をしたものや他の受刑
者と一緒に生活できない者を独居房に入れます。独居房は他の者との接触を断つの
が目的ですので、格子も矢筈格子(やはずこうし)で部屋の中から廊下が見えないよう
になっていますが、わずかな隙間からは暖房の温もりが伝わるようになっており、扉も
鉄製になっています。』

Imgp8037r

『■  “く”の字の格子 ■

網走刑務所の第2舎、第4舎、第5舎の廊下壁は、格子の “く”の字に曲げた独特の細
工が見られます。
収容者に部屋の中から廊下を見せないように、廊下からも部屋を見せないようにしなが
ら、廊下の熱を部屋の中に入れることが出来るようになっていました。』


Imgp8040r
↑鉄の扉

Imgp8038r
↑視察孔

 この窓は、受刑者が不審な行動や規則違反を犯していないかと、部屋の中を監視する
ためのもので、視察孔と呼ばれていました。

Imgp8039r
↑食器口

 この小さな口は、受刑者の食事を出し入した食器口です。近年食器の大型化にともな
い、ここからは食器が入らなくなり、お茶の補給や小さな物品の出し入れに使われてい
ました。

(つづく)


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2015年4月27日 (月)

第778段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(102)~五翼放射状平屋舎房

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『五翼放射状平屋舎房』を見学中。
 次は第二舎と第三舎を見てみよう。第一舎とそう代わり映えしないけど。。。

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『第二舎

 雑居房  総数四十

 広さ 九.九〇 平方米
 数人で起居する』

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『第二舎

 雑居房  総数三十二

 広さ 九.九〇六 平方米
 数人で起居する』

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↑房内部。

第770段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(95)~舎房

でも書いているけど、ここでも本棚があります。

Imgp8027r
↑トイレですね。

Imgp8029r
↑確かに房内部から廊下を挟んだ向かいの房は見えません。
 菱形の柱が斜めに組まれているためです。

Imgp8030r

(つづく)

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2015年4月26日 (日)

第777段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(101)~五翼放射状平屋舎房

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『五翼放射状平屋舎房』を見学中。
 
Imgp8005r

『第一舎

雑居房総数       32房
     広さ       9.9m2
1房当たり収容定員  3人~5人』

Imgp8006r
↑連絡用の黒電話。直通らしく、ダイヤルがありません。

Imgp8009r
↑雑居房。 壁の内部が見えるようになっています。

Imgp8011r
↑同上。

Imgp8013r
↑廊下は煉瓦敷き。

Imgp8008r
『雑居房

 部屋の広さ6畳(9.9m2)、収容定員3名~5名です。この房は壁の格子に特徴があり
鎧格子(よろいこうし)(斜め格子)となっています。菱形の柱を斜めに組んでおり、等
間隔に隙間をおきながら作られているため廊下側からは部屋の中が見えますが、
部屋の中から廊下をはさんで向かい側の部屋の中は見えないように作られています。』

 プライベートに配慮していた、ってことでしょうか。でも雑居房なので複数人が一つの房
に入っているので、もともとプライベートはないんでしょうけどね。

(つづく)


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2015年4月25日 (土)

第776段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(100)~五翼放射状平屋舎房

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『五翼放射状平屋舎房』を見学中。

 建物の中に入ってみる。

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↑中央見張台

Imgp7993r
↑同上。別角度から撮影。

Imgp7995r
見張台内部。ランプが吊してあった。

Imgp7961r
『網走監獄五棟放射状舎房平面図』

 中央見張所から左より第一舎から一番右の第五舎まで放射状に舎房が展開して
いる。つまり、見張台にいれば、全てが見渡せるいう優れものの建築だ。


Imgp7959r

『五翼放射状平屋舎房 (建築面積 3,333.72m2)

 明治政府は諸外国に劣らぬ近代的獄舎の建設を進め、イギリスを中心に定着してい
た放射状型獄舎の導入を決めました。網走においてはベルギーのルーヴァン監獄を
模倣してこの獄舎を建築しました。放射状の五棟が中央見張り所で連結しているので、
226室の舎房を効率よく管理できます。また天井採光窓ガラスが埋め込まれ光が差し込
み、衛生面など随所に利点があります。

上空から見ると人間の手の指を五本広げたように見える舎房は明治45年(1912年)から
72年間に渡り使用されており、昭和60年(1985年)に当博物館に移築復原しました。

平成17年(2005年)国指定の有形文化財に認定されています。』

(つづく)

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2015年4月24日 (金)

第775段:セローのメンテナンス(3)

 前回オイル交換したのは、2014年1月20日だった。
 そのときのオドメーターは、70161.5km。
 オイル以外に、オイルエレメント、フロントタイヤ、フロントチューブも交換している。

 それから、1年3ヶ月。走行距離が3,000km近くになったので、GWのツーリング前にオイル
交換することにした。

 会社近くにYSP(YAMAHA SPORTS PLAZA)があるので、昼休み中にオートバイをお店
に持って行き、定時後に引き取りに行った。こうすると、オイル交換している時間を待たな
くてよいので、都合がいい。

 オドメーター73,133.9km。
 今回はオイルだけ交換。
 明細は以下の通り。

  YAMALUBE SPORTS OIL  1.2L  単価1,998円  金額2,398円 工賃972円
  O-リング                  単価97円
  廃油処理費用サービス         0円
  各種灯火類作動チェック         0円
  (内税                    257円)


  計                      3,467円

 家に帰ってきて、セローをせっせと掃除。
 久し振りにチェーンをきれいにし、オイルを差した。

 オートバイの旅の準備はこれで完了(^^)。

【関連記事】

第42段:バイクのオイル交換
第434段:セローのメンテナンス(1)
第435段:セローのメンテナンス(2)

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2015年4月23日 (木)

第774段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(99)~五翼放射状平屋舎房

 現在、網走にある『博物館網走監獄』にいるんですが、ようやくこの博物館でメインの
建物にやって来ました。

 『五翼放射状平屋舎房』です。

  といっても、外から見ただけでは、“五翼”ってなんだ、という感じです。
昨日のブログ

第773段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(98)~高見張

に掲載した、 『博物館網走監獄』の案内図を見ると、 “16”番がこの建物です。

まさに、名前の通り、 “五つの翼のような舎房が放射状になっている ” のです。

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↑「高見張」を見た帰り道。『五翼放射状平屋舎房』の建屋の一部が見えます。


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↑『五翼放射状平屋舎房』の一番端にいます。


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↑鉄格子があるものの、中が見られます。鉄格子の隙間から見てみましょう。


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↑すると、こんな感じ。廊下は煉瓦が敷き詰めてあります。天井には明かり取りの
窓があります。遥か向こうは見えませんね。


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『16 五翼放射状平屋舎房  平成17年(2005年)7月12日文化庁より登録有形文化財に認定

  この舎房は明治42年(1909年)の火災で焼失後、それまでの並列型に代って、同45年
 (1912年)に再建された舎房です。

  中央見張りを中心に雑居房・独居房・鎧格子・矢筈格子(やはずこうし)といった独特
 の建築技法を採用し、昭和59年(1984年)9月まで使用されていました。明治獄舎の名残
 を完全にとどめる舎房としては国内最大規模で、ことに木造では現存する我国最北端
 の監獄として学術的に貴重なものとされています。』

 それでは、中に入ってみましょう。

(つづく)


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2015年4月22日 (水)

第773段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(98)~高見張

 現在、網走にある『博物館網走監獄』にいる。
 昨日紹介した「登り窯」。その近く。。。でもないんだけど、ここから見える高台に
高見張の塔が建っている。

 特に説明書きはないようだった(どこかにあったかもしれないけど、見つからなかった)。
塔のすぐ側までは行っていないので、そこにあったかも。でも、写真を見るかぎり、すぐ
側には行けなさそうだし。

 『博物館網走監獄』の入口手前の案内看板では「15」の番号のところに「高見張」と
きちんと書いてあるので、これも展示施設には違いない、はず。

 でも、これどうやって上るんだろう。恐らくはしごで、なんだろうけど、そのはしごは見
当たりませんね。

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↑クリックすると拡大します。「15」が高見張。

(つづく)


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2015年4月21日 (火)

第772段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(97)~登り窯

 現在、網走にある『博物館網走監獄』にいる。
 『見張り小屋のような詰所の近くに登り窯がある。

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『登り窯について

 日本の監獄では、明治時代、西欧にならい近代的な獄舎を建築するために、刑務作
業として受刑者による煉瓦製造を積極的に行いました。監獄用地内の粘土を使用し
大量の煉瓦を焼きました。網走監獄においても、明治から大正にかけて、所内の建物、
特に正月、懲罰房、サイロ、倉庫などは煉瓦で建築されています。

網走監獄三眺山(さんちょうざん)の傾斜を利用し効率よく大量に焼ける登り窯を活用
しました。しかし、時代とともに電気窯へと替わり、登り窯はその役目を終えました。

博物館では、網走刑務所のシンボルになっている赤煉瓦を体験講座ワークショップな
どで利用するため、また展示物として往時を偲び三連登り窯を復原しました。』

 刑務作業として、煉瓦を焼いていれば、効率がいいですよね。

(つづく)


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2015年4月20日 (月)

第771段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(96)~詰所

 現在、網走にある『博物館網走監獄』にいる。
 『二見ヶ岡農場建屋』を出てきた。見張り小屋のような詰所がある。近くに説明書き
はなかった。
 しかし、『登録有形文化財』と書いたプレートが掲げられている。

Imgp7933r_

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六角形で造られているところが、珍しい。。。とか?
観光地にあったら、ソフトクリームを売るお店みたいですけどね(^^)。

(つづく)


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2015年4月19日 (日)

第770段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(95)~舎房

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『二見ヶ岡農場』と書いてある建屋の中にいる。

 忘れそうになるけど、ここは「農場」とあるが、刑務所の中なのだ。従って当然ながら、
受刑者は獄舎で暮らしている。

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↑廊下の中央にあるのは、冬場のストーブの置き場。

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↑牢の内部が見学できた。入ってみると…

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↑内部はこんな感じ。

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本棚とタオル掛けが備え付けられている。2つあるということは、二人部屋だったようだ。

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↑廊下は煉瓦敷き

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『舎房 (660m2)

 木造獄舎としては現存する最古の舎房で、左回りに第1舎、第2舎、第3舎と十字型
で構成されており、昭和25年(1950年)の収容者減少にあわせて、第2舎房を取り壊し
2つの舎房が使用されていました。部屋の特徴は鎧(斜め格子)格子、向かい合い房、
視察孔、食器口、天井観察窓、本所の舎房と同じように造られています。

廊下は煉瓦敷き、トイレは置き便器が置かれていました。

時代とともに収容者の人権に配慮し、壁を取り除き独居房を確保するため、アコーデ
イオンで間仕切り、個室に整える工夫もなされていました。

廊下にはストーブ2台しか置かれていなかったため、真冬の寒さを凌ぐように壁にコン
パネ(コンクリートパネル)を打ちつけ、天井にビニールを張り、熱が逃げないように防
寒対策をとりながら100年以上風雪に耐え使用されてきました。』

 この広さで網走の冬にストーブ2つとは。さぞかし寒かったでしょうね。。。

(つづく)


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2015年4月18日 (土)

第769段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(94)~二見ヶ岡農場

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『二見ヶ岡農場』と書いてある建屋の中にいる。

 その二見ヶ岡農場の耕作について説明しているパネルがあった。

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『平成3年(1991年)二見ヶ岡農場耕作面積図

     寸法    長さ72cm    幅102cm
     年代    平成3年以降(1991年以降)
     縮尺率   不明

網走刑務所農場の耕作面積が色分けされて描かれており、専門技官の職員自ら、
製作したものです。農耕地面積の合計が15,768aの内面積11,328a(約72%)が牧草地
となっており、後は秋幡小麦、南瓜、馬鈴薯、緑肥、野菜、デントコーンなどが作付けさ
れており、道路や植林地、旧二見ヶ岡農場施設の面積などを加えた総敷地面積は、
36,235aとなっています。

『網走刑務所沿革誌』の昭和27年(1952年)の旧二見ヶ岡農場の総面積は、16,175aで
あったので、この図の農耕地面積と比較して昭和27年(1952年)の旧二見ヶ岡農場の
総面積は、16,175aであったので、この図の農耕地面積と比較して昭和27年から平成
3年(1991年)までに407a減少していることがわかります。』

 色鉛筆で色分けされているようで、手作り感がありますね。
 それにしても、説明書きは、「a」が抜けていたり、「減少」が2回続けて書いてある
など誤字脱字が多ですね。書き出した方は、直してあります。

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『二見ヶ岡農場作付図

    寸法    長さ 51.6cm    幅 88.5cm
    年代    昭和33年(1958年)
    縮尺率   不明

旧二見ヶ岡農場(追分農場・中分農場・南北農場)の昭和33年(1958年)当時の作付け
の様子が分かります。旧二見ヶ岡農場の職員(場長・刑務官・技官)などは、受刑者に
効率よく作物を収穫させるように、作付面積や肥料、人員配置など、綿密に計画を立て
て行なっていました。

図上からは、作付面積が最も多かったのは、大豆でついて馬鈴薯 ビートとなっていま
した。寒暖の差が激しいため、特に良い作物として育ち、収穫も多く、低農薬で肥沃
(ひよく)な大地で作られた作物は需要も多かったようです。

『網走監獄沿革誌』では、昭和27年(1952年)3月現在の旧二見ヶ岡農場の面積が1,631
反(16,175a)と記載があります。この図面上では、1,552反(15,391a)の数字を確認するこ
とができます。』

 こちらも「作物を」を続けて書くなど誤字があります。職員の方は読み直さないんです
かね。

(つづく)

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2015年4月17日 (金)

第768段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(93)~教誨堂

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『二見ヶ岡農場』と書いてある建屋の中にいる。

 ここは、「教誨(きょうかい)堂」。

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『教誨堂(227.7m2)

 ここは、受刑者の犯罪ですさんだ心を宗教の力で更正させようとする教誨事業が行
われた講堂です。僧侶、牧師さん、民間有志の方々が訪れ受刑者を慰問しました。

建築当時は正面に祭壇が設けられましたが、戦後は宗教色をなくし舞台として使用
されていました。照明器具の天井飾りや押上窓など洋風建築が取り入れられ、本所
の教誨堂と同じ建築様式になっています。受刑者の心のよりどころとして教誨堂は
特別な場所だったようです。』

 食堂や風呂などの生活に必要な場所だけでなく、更正させるための施設もありま
した。

(つづく)


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2015年4月16日 (木)

第767段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(92)~のちに「沢庵漬け」の桶になったものとは

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『二見ヶ岡農場』と書いてある建屋の中にいる。

 ここは、「浴場」。

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『浴場(15坪)

 この浴場は、建築時から昭和の初めまで使用していたものです。入浴は受刑者に
とって一番の楽しみだったと言われていますが、二つの浴槽で、大勢を短時間で効率
よく入浴させなければなりませんでしたので、規則どおり、順番に入浴をすませました。

一般家庭に比べて浴槽が98cmと深いのは、浴槽に座って入るのではなく、立ち膝(ひ
ざ)で、手を上げて入浴しなければならない規則があったためです。

新しい浴場が出来てからは、この場所は、倉庫として利用され、浴槽は「沢庵漬け」
の桶を入れる深さと温度に適していたので、有効に活用されていました。』

 風呂が楽しみだったのは分かりますが、見張り付きで時間制限があって、となると、
なんか落ち着かないですね。

(つづく)

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2015年4月15日 (水)

第766段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(91)~炊場

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『二見ヶ岡農場』と書いてある建屋の中にいる。

 ここは、「炊場」。

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『炊場(153.5m2)

 受刑者の食事を調理する場所として使用されていました。大きな釜や調理器具が使用
されていたのは、多い時は50人以上の食事を用意していたためです。農繁期に夜遅くま
で作業をしますので、二見ヶ岡農場の受刑者は労働量も多くなり、3食の他に、加算食と
して団子やアンパン等も受刑者に配られました。炊事係りの受刑者は、朝早くから夜遅く
まで食事づくりは大変だったようです。』

 50人分を3食作るとなると、大変だったでしょうね。

(つづく)


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2015年4月14日 (火)

第765段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(90)~洗濯洗足場

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『二見ヶ岡農場』と書いてある建屋の中にいる。

 ここは、「洗濯洗足場」。

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『洗濯洗足場(184.8m2)

 この部屋は、明治29年(1896年)建築時、検身鍵身場(受刑者の身体を検査する)と
して、受刑者の朝、夕の出入り時に戒具を脱着させる場所でした。規則の変化とともに
戒具を装着させないようになってからは、受刑者が農場から帰り、泥で汚れた足や長
靴の汚れを洗い、衣服を洗濯する場所へと使われ方も変わりました。』

 かつて戒具を脱着させる場所、ですか。
 受刑者が多いと、そういう部屋も必要だったんですね。


(つづく)

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2015年4月13日 (月)

第764段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(89)~トランプ

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『二見ヶ岡農場』と書いてある建屋の中にいる。

 ここは、「作業場」。

 そこにトランプ
が飾られている。しかし、そのトランプは。。。

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『反則品 トランプ

刑務所内での賭け事は、固く禁じられていますが、それでもこのように手作りのトランプ
や花札を作って、遊ぶ者がいました。

このトランプは雑居房の便所の土台石すき間から発見されたものです。』

 いや、でも良くできているじゃないですか。
 このトランプを賭け事に使ったと書いてありますが、案外隠れてトランプゲームを
していただけかもしれません。

(つづく)


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2015年4月12日 (日)

第763段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(88)~作業場

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『二見ヶ岡農場』と書いてある建屋の中にいる。

 ここは、「作業場」。

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Imgp7864r
『刑務所の中の作業

作業の目的が自給自足であったころ、自分達の使う道具も、自分達で製作していました。

この情景は、鉋(かんな)などを使用した木材の製材作業、藁打鎚(わらうちつち)や俵
編み(たわらあみ)器を使用した藁細工作業です。

これらの作業によって、建築資材や収穫作物を梱包する俵や筵(むしろ)、様々な作業
に使われる縄などが製作されていました。

明治34年(1901年)当時の配役(はいえき)状況には、藁細工は73名の囚人が木挽工
(各所の修繕や製作に利用される製材の調整)は27名が担当していたと記載されて
います。』

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『作業場(181.5m2)

 雨が降り、受刑者が外で作業できない時に、この場所で収穫していた野菜、穀物を
選別する仕事をしていました。二見農場は寒暖の差が激しいため、ジャガイモ、小豆、
金時豆などは、特に育ち収穫も多いため、生産したものを出荷できるように選別、袋
詰めなどの作業も受刑者が行っていました。低農薬と肥沃な大地で作られた作物は
需要も多く、この作業場でストーブを囲み、集荷や来期に向けて準備に追われていた
ようです。』

 なるほど。
 ここまで見学してきて、雨の日にどうするのかについて語られていなかったので

合羽を着て濡れるのも構わず作業していたのかと思っていたのだけど、屋内で作業
していたんですね。

(つづく)


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2015年4月11日 (土)

第762段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(87)~食堂

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『二見ヶ岡農場』と書いてある建屋の中にいる。

 食堂を見学中だ。
 ガラスケースがあり、中に「突き飯器(つきめしき)」とメニューサンプルが飾られている。

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『突き飯器

明治44年(1911年)より1回の主食の量を1等(3合)から10等(1.2合)の等級制とし突き飯器
が使用されるようになりましたが、ここに展示している突き飯器は、実際に網走刑務所で
使用されていたものです。』

 受刑者の刑務作業の作業量に応じて、ご飯の量を変えていたんですね。

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『↑正月特別献立

この献立は、網走刑務所の12月31日の夕食メニューを忠実に再現したものです。
年越しの日は、特別の副食費が加算されますので、一般家庭と同じように新年を迎え
るにあたり、おせち料理が配食されます。』

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↑とはいうものの、カップ麺もあったりします。

(つづく)


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2015年4月10日 (金)

第761段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(86)~食堂

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の『二見ヶ岡農場』と書いてある建屋の中にいる。

 食堂があった。

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『食堂

 受刑者が食事を取る食堂として使用されていました。毎日の食事は受刑者にとって、
明日の労働への意欲となるためとても大切なものでした。

自ら二見農場で育てた作物を収穫し食すことで、農業、労働の尊さを体感したのでした。
テーブルと椅子が配置されていましたので、受刑者は決められた席に座り、配膳係が
配る食事を残さず食べたそうです。』

 以前、といっても2006年夏のことだが、ここ『博物館網走監獄』を訪れたときは、
この二見ヶ岡農場の建物の食堂で、サンマ定食などの監獄食を実際に調理をして
提供していた。

 現在は、別の食堂(監獄食堂)が造られたので、そちらで提供されている。

【関連記事】

第686段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(14)~監獄食

(つづく)

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2015年4月 9日 (木)

第760段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(85)~二見ヶ岡農場建築物の特徴

 昨日の続き。二見ヶ岡農場施設について説明しているパネルがあった。

Imgp7839r

この写真では読めないでしょうから、書き出してみましょう。

『二見ヶ岡農場施設(1,933.8m2)

 この建物は、網走刑務所農作業の先導的施設として明治29年(1896年)に網走の西方
丘陵地に建てられました。網走湖、能取湖の二つの湖を眺望できる位置に建てられたの
で、二見ヶ岡と名づけられました。老朽化のため平成11年(1999年)新農場施設完成と同時
に博物館に移築復原しました。

 受刑者を広大な農場で作業させるため、職員による監視は穏やかで、受刑者自信の
責任と自立的行動を促す目的で開放処遇が行われています。網走刑務所本所で服役
中、受刑者の分類成績があがると、二見ヶ岡に移り更正復帰に向け取り組みます。戦争
中の食糧の少ないときは、食糧基地としての役割も果たしました。木造刑務所として日本一古い建物です。

 平成17年(2005年)国指定の登録無形文化材に認定されています。』

 「文化材」は原文のまま。正しくは、「文化財」。

 この建物、木造で結構古い。上述の通り、1896年。現時点で119年前。それを16年前
まで現役で使っていたんですね。
 
(つづく)


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2015年4月 8日 (水)

第759段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(84)~二見ヶ岡農場建築物の特徴

 現在、網走にある『博物館網走監獄』を見学中。
 伝書鳩を見た後、その後ろにある建物に入った。

 入口に『二見ヶ岡農場』と書いてある。

Imgp7831r

Imgp7832r

Imgp7838r

『二見ヶ岡農場建築物の特徴について

 この建物は、受刑者が服役生活を送るうえで必要な全ての機能が整っているので、
生活様態など、当時を彷彿とすることができます。また、舎房の格子組、煉瓦の敷き
方、梁組、窓の構造、風呂桶、使用木材と、いたる所に明治から大正時代にかけて取
り入れられた、西洋風建築と刑務所独自の建築様式が混在し、その特徴一つ、一つ
に意味と工夫があり、受刑者の生活と勤務効率を良くするようにできていました。

 明治時代の刑務所建築は、当時の一般社会の建築様式に比べ、予算、人員の面
からも恵まれていたので、時代の先端を行く建物、設備だったようです。』

 どんな建物なのかは、これから見ていこう。

(つづく)


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2015年4月 7日 (火)

第758段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(83)~二見ヶ岡支所の通信手段

 現在、網走にある『博物館網走監獄』を見学中。
 二見ヶ岡農場建築物の前になにやら数体の人形(マネキン)と機械仕掛けでくるくる
廻る鳩がある。はて。一体何を表しているのやら。

Imgp7835r
↑中央の支柱から鳩の模型がくるくると円を描いて廻っている。

Imgp7833r

『網走刑務所 二見ヶ岡支所の通信手段

明治29年(1896年)に開設された網走刑務所二見ヶ岡支所に電話が開通したのは、
昭和12年(1937年)のことです。それまでの間、緊急を要する連絡や定期的な報告
手段のひとつに鳩を使い行っていました。

何百キロも離れたところから、何日間もかけて迷うことなく巣に戻ってくる伝書鳩は
有効な通信手段として利用されていました。二見ヶ岡支所では鳩を飼育調教し、脚環
(きゃっかん)に電文を(収容人員と異常なし等)いれ二見ヶ岡より網走刑務所まで鳩を
飛ばし続けていました。

通信手段の限られた時代において伝書鳩は大変重要な働きをしていました。』

 伝書鳩を表していたのか。
 それにしても、二見ヶ岡支所開設から約40年間も通信手段が伝書鳩だったとは。
ちょっと驚き。

(つづく)


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2015年4月 6日 (月)

第757段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(82)~二見湖畔神社

 現在、網走にある『博物館網走監獄』を見学中。
 二見ヶ岡農場の隣に社(やしろ)があった。

Imgp7830r

Imgp7828r

『網走監獄二見湖畔神社

 この神社は、網走刑務所二見ヶ岡農場の受刑者が、大正2年(1913年)、二見ヶ岡
を見下ろす位置に、桜を植え、社を建てました。

 神明造りの小さな社ですが、受刑者にとっては春の種まきから秋の収穫を祈願し、
安全を祈る大事なもので、11月3日には収穫祭が行われていました。

 昭和40年(1965年)頃まで奉(まつ)られていましたが、その後受刑者数も減り、宗教
的なこともあって、収穫祭は行われなくなりました。

 平成13年(2001年)5月には博物館網走監獄二見ヶ岡農場を見渡す位置に設置しま
した。』

 受刑者たちも、祈願することで自身の心を安心させていたのでしょうか。。。


(つづく)

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2015年4月 5日 (日)

第756段:2015年GW~オーシャン東九フェリー利用によるツーリング計画(3)

 オーシャン東九フェリーは、
 上り便:新門司 →  徳島 → 東京
 下り便:東京 → 徳島 → 新門司

となっている。

 つまり、徳島港から東京行きのフェリーに乗船しようとする場合、そのフェリーはすでに
新門司からのお客さんを乗せているわけだ。

 ということは、極端な話、新門司港出港時点で満席で、かつ徳島港で下船する人がいな
い場合、満席状態が続き、徳島港からは乗船できないことになる。

 2015年のGW。連休後半の上り便でまさにこの状況になっている。
http://travel.willer.co.jp/st/3/ja/pc/ferry/carrier/detail.php?id=114&mid=742

 5/4の新門司港発東京港行きは満席。
 5/5の徳島港発東京港行きも満席。

 (4/5 9:30現在)

 GWまでは、あと1ヶ月。その間に予定変更などで、キャンセルする人は当然いるだろう
から、まだ予約できるチャンスはある。

 かくいう私はどうしたか。

 本来は、5/5の徳島港発東京港行きに乗りたかった。
 が、上述のことが考えられるので、昨日5/4新門司港発東京行きの2等を予約した。

 往路は徳島港で下船するので、GW期間中に瀬戸内海沿いをツーリングしつつ、観光
しつつ、新門司まで移動することになる。

 1カ所の観光施設、風光明媚な景色でも、博物館見学でもそうだが、なかなか来ること
ができないから…、なんて考えて長居する傾向があるが、今回のツーリングでそれをす
ると新門司までたどり着けない恐れがある。気をつけないと。

 この後、予約の空き状況を逐次見て、徳島港発東京港行きに空きが出たら、こちらに
予約を変更するかもしれない。

 【関連記事】


第749段:2015年GW~オーシャン東九フェリー利用によるツーリング計画(2)
第719段:2015年GW~オーシャン東九フェリー利用によるツーリング計画(1)

(つづく)


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2015年4月 4日 (土)

第755段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(81)~二見ヶ岡農場

 網走にある『博物館網走監獄』の行刑資料館をようやく見終えて、外に出た。
 農場を再現してあった。

Imgp7825r

Imgp7827r


Imgp7823r

『二見(ふたみ)ヶ岡農場の農作業について

 網走刑務所二見ヶ岡農場は、明治29年(1896年)に設置され、刑務所農場としては
日本一広い面積、16,181,266m2の土地を有効に活用しながら、受刑者に働く喜び
と体験させ、健全な心身を作ることを目標として、独自の農園訓練規定を設け、寒冷
地農業に取り組んでいます。

 この風景は、春の開墾、種まき、夏の草取り、秋の収穫を再現したもので、農機具
や馬橇(ばそり)、金輪(かなわ)荷馬車は、当時の農作業で、使用されていたもので
す。』

 現在でも、野菜を作って矯正展で販売していますよね。

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2015年4月 3日 (金)

第754段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(80)~そして今

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の行刑資料館にいる。

 『網走刑務所の今』というパネルがある。
昨日の続きだけど、下の方に、『地域と一体となって行われる伝統行事』と書かれて
いる。

Imgp7814r

『網走矯正展

毎年11月3日の文化の日に行われる矯正展は、被収容者が刑務作業で生産する
製品が格安で販売されます。

野菜、家具、木工製品、靴、玩具、せっけん、調味料など日本中の刑務所から選りす
ぐりの製品数千点が一堂に集められます。

刑務所の製品は品質も良く低価格なので、開催時間の何時間も前から行列ができる
ほどの人気です。この行事が、市民が刑務所の中を視察できる数少ない機会です。』

Imgp7815r

 矯正展のような催しの他に運動会、灯籠流し、三眺祭(さんちょうさい)というお祭り
なども行われているそうです。

 うちからいちばん近いのは、府中刑務所なのですが、調べると昨年(2014年)は、
11月3日に『府中刑務所文化祭』というのを開催したそうです。開催日は網走刑務所
と同じですね。

 ただ、こちらもすごい人が訪れるようで、開場時間1時間前には長蛇の列、約2万人
も訪れたというのですから驚きです。大部分の人のお目当ては、刑務作業で作られた
格安の製品にあるのでしょうけど。。。(^^;

(つづく)


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2015年4月 2日 (木)

第753段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(79)~そして今

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の行刑資料館にいる。

 『網走刑務所の今』というパネルがある。
Imgp7811r

『一世紀以上の歴史を持つ網走監獄
今、地域と共に新たな歩みが始まる

北海道開拓という使命のもとに設置された網走刑務所は、その使命を終えた後も
原野を開墾し、農耕を進め、自給自足を目標に日本一広い農園刑務所となり、一世
紀をこえる長い歴史を刻みました。

現在は施設も近代化され、雄大な自然に恵まれた環境の中での刑務作業には教育的
有益作業が導入され、社会復帰に向けてのプログラムの充実など、新時代に即した刑
務所へと変貌を遂げました。

刑務所の位置づけも変わり、刑期8年未満、年齢26歳以上の犯罪傾向の進んでいる
人が収容されるようになりました。

網走刑務所では、地域の教誨師(きょうかいし)(※1)、篤志(とくし)面接委員(※2)、
慰問ボランティア等多くの人々の暖かい支援を受けながら、被収容者が主体性を持って
更正と社会復帰に取り組める新しい刑務所像が日々模索されています。

(※1)教誨師/刑務所や少年院などの被収容者の希望に応じて、各教宗派の教義に
基づき、被収容者の心を支え,社会復帰の手助けをする宗教者。

(※2)篤志面接委員/刑務所や少年院などの被収容者の更正と社会復帰を手助け
する民間ボランティア。教員や弁護士から、短歌、書道あるいは珠算やOA機器取扱い
の指導者など多様な分野の方が関わっている。』

 ということで、かつては北海道の開拓のために送り込まれた囚人たちを収容する
網走監獄でしたが、現在では服役中に社会復帰に向けた取り組みが成されている、
わけですね。

(つづく)


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2015年4月 1日 (水)

第752段:北海道ツーリング記(2014/7/30)(78)~明日を模索

 現在、網走にある『博物館網走監獄』の行刑資料館にいる。

 『新しい刑務所を目指して』というパネルがある。

Imgp7804r

『新しい法律を拠り所に、
模索され続ける刑務所の明日

刑務所に関する法律は明治41(1908)年に制定された「監獄法」がずっと運用され続け
てきました。何度も改定試みられましたが実現せず、ようやく平成18(2006)年6月8日に、
「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」という新しい法律に改定され
ました。

それまで刑務所は「監獄法」の下でそのあり方に改正が積み重ねられてきましたが、
この法律の改定をもって “監獄”から矯正教育の場としての “刑事施設”へと、名実
ともに生まれ変わったのです。

被収容者の国際化への対応、社会との共生など、新たな課題は次々と生まれていま
すが、これからは、この新しい法律を拠り所に、刑務所の明日は模索され続けていく
ことでしょう。』

 罰を与えるというより、矯正する施設にシフトしているというわけですね。現在の
刑務所は。

(つづく)


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