« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

2014年10月

2014年10月31日 (金)

第600段:ガンダム大地に立つ(18)

 2014年5月6日にオーシャン東九フェリーを利用し、福岡・大分ツーリングから東京フェリーターミナルに帰ってきた。

 その足で、『Diver City Tokyo』前の1/1ガンダム立像を見に行った。

 そのときの模様は、2014年5月8日の 
第424段:ガンダム大地に立つ(8)  ~ 5月14日の 第431段:ガンダム大地に立つ(15)~夜のガンダム  で書いているが、その際に載せていなかった写真を見てみよう。

20140506_p5062459r_2

20140506_p5062557r

20140506_p5062600r

20140506_p5062604r
↑立像ガンダムの周りには、円形状に上のような表示がある。歴代ガンダム
  に出てきた地域の方位を示すプレートだ。

20140506_p5062605r

20140506_p5062606r

20140506_p5062607r
↑下の「ラプラス史跡衛星」にも出てくるけど、「上空」という説明書きは気が
  利いているね。


20140506_p5062608r

20140506_p5062609r

20140506_p5062613r

20140506_p5062614r

20140506_p5062615r


(つづく)

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月30日 (木)

第599段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/6)~東京フェリーターミナル到着

 4:50に腕時計のアラームをセットしていたが、4:38頃同室の人の動く気配で目が覚める。そのため、起き出した。

 東京フェリーターミナル(FT)へは定刻の5:40着岸予定だと、船内放送があった。

 外は天気がよくない。曇りだ。小雨が少し降っているかもしれない。

 『オートバイで乗船のお客様は、転倒防止のため、接岸後にオートバイの固定用ベルトを外すため、少しお待ちくださいますよう、お願い申し上げます。』という放送が入った。

20140506_p5062385r
↑東京はどんよりと曇っていた。

20140506_p5062386r
↑東京フェリーターミナル

20140506_p5062390r
↑赤い橋は、乗降用タラップ。


 5:45頃にまず乗用車の乗客の下船指示が出て、引き続き5:50頃にオートバイの乗客に下船指示の放送が入った。
 一つ下の階のC甲板へ向かう。


 徳島港で随分多くのオートバイが乗船したようだ。


Imgp6011r
↑C甲板にて。


 6:00に東京FTに上陸。

 そのままFTの建て屋に向かう。
 パッキングを直すためだ。その後、FTの3階に上がって、 “おーしゃんのーす”の写真を撮った。

20140506_p5062403r
↑『おーしゃんのーす』

20140506_p5062404r

20140506_p5062410r

 現在6:34。
 今、雲の切れ間から少し日が差した。雨は大丈夫そうだ。
 FTで簡単に朝食を取る。
 朝食は、ソーセージパンと果物ジュース。
 東京FT前でセローの写真を撮ってから、6:57出発した。


20140506_p5062450r

 せっかくお台場にいるので、ちょっと寄り道していこうと思う。
 台場と言えば昨年も訪れたあそこに行かねば。(^^;

 福岡・大分ツーリング記は、今回で終了します。
 ここまでお読み頂き、ありがとうございました。


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月29日 (水)

第598段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/5)(4)~オーシャン東九フェリーの『おーしゃんのーす』

 オーシャン東九フェリーの『おーしゃんのーす』に乗船中です。
 これは、船内にあった案内板。

20140504_p5042337r

20140504_p5042341r_
↑B甲板。中央に売店兼案内所。薄い緑色が客室。案内所前にはオーシャンプラザと
   いう自動販売機のコーナーがある。右舷側のスナックコーナーにはテーブルと椅子があ  
  り、外を見ながら食事ができる。レストランは併設していない。写真はクリックすると拡大
  します。

20140504_p5042342r_
↑A甲板左舷に男子展望浴室、右舷に女子展望浴室がある。スカイコーナーというの
  は、誰でも入れる絨毯敷きの部屋。写真はクリックすると拡大します。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月28日 (火)

第597段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/5)(3)~オーシャン東九フェリーの『おーしゃんのーす』

オーシャン東九フェリーの『おーしゃんのーす』に乗船中です

20140505_p5052367r
↑浮き輪、ですね。正式には、「救命浮環」というらしいです。

20140505_p5052352r
↑船尾にある非常集合場所

Imgp5974r
↑案内所のあるB甲板の船首側にあるフォワードロビー。


Imgp5973r
↑とある部屋。『おーしゃんのーす』は二等寝台だけのカジュアルフェリー。

Imgp6007r

↑航路。通常は太平側を航行するが、天候が悪いときは瀬戸内海航路を
  航行するときもある。


Imgp6009r
↑運行表

(つづく)

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月27日 (月)

第596段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/5)(2)~オーシャン東九フェリーの『おーしゃんのーす』

 今回、復路で乗ったのは、オーシャン東九フェリーの『おーしゃんのーす』。

 その内部(外部も)を見ていこう。
 以前にも書いたことがあるけど、「オーシャン東九フェリー」で検索する人が多い。どんなフェリーなのか、知りたい人が多いかもしれないので、ね。

Imgp5976r

Imgp5978r

Imgp5979r
↑船橋(ふなばし、ではなく せんきょう)、っていうんですかね。英語では、Bridge(ブリッジ)。
  その昔、スクリューではなく、外輪船
の時代。両サイドの外輪のカバーの上に
  橋を渡し、ここから指揮をしたのが語源、という説があります。

Imgp5984r

Imgp5985r

20140505_p5052362r

Imgp5987r
↑この船は、「ボートダビット」 と呼ぶらしいです。

Imgp5991r

Imgp5988r

Imgp5996r
↑膨張式救命いかだ(投下式)

Imgp5989r

20140505_p5052373r
↑船橋の真下に掲げられているプレート類
  一番上は何を意味しているのか、不明。
  二番目は、
  「ONOMICHI DOCKYARD CO.,LTD
   S NO  406
   LAUNCHED 20th AUG. 1996」

 三番目は、
 「船舶番号  135437
  総屯数    11114屯」

 と書いてある。この『おーしゃんのーす』は、1996年8月20日に尾道で建造されたん
ですね。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月26日 (日)

第595段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/5)(1)~徳島港経由東京へ

 何の音かは分からないが、6:20頃音楽が鳴って、その音で目を覚ました。一瞬自分の腕時計のアラームかと思ったが、アラームは6:30にセットしてあったので、私の腕時計のアラームではない。恐らく同室の者の携帯電話かスマートフォンの呼び出し音が鳴ったのだろう。

 まぁ、起きよう。
 洗顔したあと、昨日陣取ったスナックコーナーの2人掛け席を確保する。
 今日はここにずっと居座るつもりだ。

 9:10。ほぼ定刻に徳島港着。天気は曇り。少し雨が降っている。
 船内放送によると、この徳島港から乗船する人を合わせると満席になるということだった。

Imgp5975r
↑徳島港フェリーターミナル。 タラップから乗船する車。

Imgp5997r
↑同上

Imgp5977r
↑徳島港フェリーターミナル。写真左の青色の通路は、人道用タラップ。

Imgp5981r
↑徳島港に停泊中の『おーしゃんのーす』の船首。大型トラックの搬入口を開けて
  いる。

Imgp5998r
↑乗船待ちの車やオートバイが見える。

Imgp5999r
↑同上

Imgp6000r
↑同上。オートバイは7台が乗船を待っているようだ。

 11:10徳島港出発。東京フェリーターミナル到着予定は、5月6日の5:40だ。

20140505_p5052354r
↑徳島港出港

20140505_p5052355r
↑徳島港フェリーターミナル全景

20140505_p5052361r
↑徳島の街


 ・・・13時過ぎ。和歌山県白浜沖を航海中。天気は雨に変わった。天気予報によれば、今日は全国的に雨だということだった。まぁ、フェリーでの移動中は、天気は関係ないのだが、明日の天気が気になるところだ。

 17時頃。三重県尾鷲市沖を通過中。曇り空ながら、雨は止んでいた。

 19時頃、夕食にする。夕食は、
  サトウのご飯(電子レンジで暖め)
  さんまの蒲焼き缶詰め
  インスタント味噌汁
  キャベツサラダ
 なんとも、安上がりな夕食(^^;。

 その後も、本を読んで時間をつぶし、22時頃、風呂へ。

 23:20頃就寝。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月25日 (土)

第594段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/4)(11)~オーシャン東九フェリーの『おーしゃんのーす』

  お風呂に入ってすっきりしてから、ご飯にしよう。

 オーシャン東九フェリーの『おーしゃんのーす』。 
 案内所、客室のあるBデッキの一つ上の階に展望風呂がある。

 お風呂の奥には、有料コインロッカーとコインランドリーがある。

Imgp5881r

コインランドリーは早速使っている人がいた。ただし、コインランドリーは、洗濯機2、乾燥機2だけだ。洗濯機は1回200円。乾燥機は30分100円。洗剤は備え付けが使える。

 お風呂場には、併設してシャワールームがある。シャワールームは全部で3つ。

Imgp5882r

Imgp5883r

 脱衣所の洗面台は前側と後ろ側でそれぞれ一つずつ。
 それはいいが、普通ドライヤーがあるものだが、置いてない。これは、往路で乗った「おーしゃんいーすと」と同じだ。

Imgp5884r

 お風呂に入っておかしいと思ったのは、このとき、カランは5つなのに洗面器が4つしかなかったこと。風呂用の椅子は6個あった。洗面器については、たまたまかもしれないけど。。。

Imgp5887r

Imgp5888r

Imgp5889r

 ゆっくり風呂に浸かってから、フェリーの右舷側にあるスナックコーナーの2人掛けテーブルに陣取って、夕食にする。

 夕食は、鮭幕の内弁当、キャベツサラダ、それとビール。旅はまだ終わっていないが、とりあえず、ここまでの旅の安全とこれから自宅に帰るまでの安全を祈願して乾杯だ。

 その後、夜は更けて、途中で買った本を読んだり、ポメラで日記を付けたりして、周りに人がいなくなるまでスナックコーナーにいた。

 午前0時過ぎに就寝。


【5月4日データ】
オドメーター:70833.4km
5月3日の走行距離:124.6km
万歩計:9,464歩(約6.6km)

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月24日 (金)

第593段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/4)(10)~新門司港出港

 フェリーは右旋回を終えると、今度はゆっくり前進を始める。
 だんだんと前方の防波堤が近づいて来ます。


20140504_p5042303r

20140504_p5042304r

20140504_p5042305r

20140504_p5042306r

20140504_p5042307r

20140504_p5042308r

20140504_p5042309r

20140504_p5042310r

20140504_p5042311r

20140504_p5042312r
↑この辺りから左旋回


20140504_p5042313r

20140504_p5042314r

20140504_p5042315r

20140504_p5042316r

20140504_p5042317r

20140504_p5042318r

20140504_p5042319r

20140504_p5042320r

20140504_p5042321r

20140504_p5042323r

20140504_p5042324r

   4/29は、時化のため、瀬戸内海航路を通った(
第440段:大分県ツーリング記(2014/4/29)(2)~オーシャン東九フェリー「おーしゃんいーすと」にて 参照) 。しかし、今日は、曇り空ながら、波は穏やかなので、太平洋航路で徳島港へ向かう。

(つづく)

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月23日 (木)

第592段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/4)(9)~新門司港出港

  午後6時。出港だ。
 デッキに出て、新門司港を出港するまでを写真に撮った。
 続けてみると、パラパラ漫画のように動いて(いるように)見えます(^^;。


20140504_p5042276r

20140504_p5042278r

20140504_p5042280r

20140504_p5042288r

20140504_p5042289r

20140504_p5042290r

20140504_p5042291r

20140504_p5042292r

20140504_p5042293r

20140504_p5042294r

20140504_p5042295r

20140504_p5042296r

20140504_p5042297r

20140504_p5042298r

20140504_p5042299r

20140504_p5042300r

20140504_p5042301r

20140504_p5042302r

 フェリーはバックしながら徐々に右に旋回している。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月22日 (水)

第591段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/4)(8)~オーシャン東九フェリーの船内

 『おーしゃんのーす』の車輌甲板で、船内で使う洗面用具やら、着替えやらの荷物をまとめて、すぐ上のBデッキに行く。
 車両甲板のCデッキから案内所や客室のあるBデッキまでは、24段の階段を上がる。

 案内所でチケットの半券を見せると、212室だということで、案内所の左舷側の横の部屋だった。

 6人部屋で、船首側に2段ベッドが2、船尾側に1。自分のベッドは、船首側の窓際の下段だった。しかも、窓際は絨毯が引いてある小上がりのようになっていて、船尾側には、小さいながらTVが備え付けられてあった。

 今回この部屋を使用する人々は、たまたま乗り合わせただけだが、6人のグループでこの部屋を利用できたら、ここで、TVを見たり、遊んだりすることができる。

 ただし、このスペースで6人が座ると結構狭いけど。


20140504_p5042268r
↑二等寝台 割り当てられたのは212室の窓際の下段のベッド
  床はここだけ絨毯敷きで小上がりのようになっている。

20140504_p5042273r
↑小上がりから入口ドア方向を見る。 TVが備え付けだった。
  今までいろいろなフェリーを乗ってきたが、二等寝台でこのような配置の
  の部屋は見たことがない。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月21日 (火)

第590段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/4)(7)~新門司港へ急ぐ

 JR別府駅構内でスタンプも押して、現在14:13。出発。
 国道10号線沿い、別府海浜砂湯のちょうど対面にあるTSUTAYAでフェリー内で読む本を買って、14:30出発。

 あとはひたすら国道10号線を北上する。
 宇佐市に入った。

 そのとき、国道脇に

 『ようこそ宇佐市へ』
 と書いた看板が目に入った。
 それ自体は別に珍しいことではないが、目を惹いたのは、その下に書かれた英文。

 『Welcome to USA』
 これは、面白い。宇佐は、ローマ字では、USA。つまりアメリカ合衆国の略称と同じ綴りではないか。

 この看板の写真も撮りたかったが、時間がなくてスルーした。

 宇佐では、宇佐神宮に行く車で渋滞した。時間があれば寄りたかったが、それどころではない。

 その後、国道10号線はバイパスと一般国道の岐路が現れる。
 バイパス(椎田道路)は有料だ。が、これで時間を短縮できるのなら、とバイパスを利用することにした。
 確かに信号がないので、一気に走れる。
 が、そこに落とし穴があった。

 料金所に車が殺到して、進まないのだ。

 それまで順調に走ってきて、時間を節約できたというのに、料金所で渋滞になり、時間を使ったのでは、有料道路を使用した意味が全くない。

 最悪なのは、この料金所はETCに対応していないのだ。そのことも渋滞を招く原因になっている。

 申し訳ないが、オートバイの強みですりぬけで先頭にたち、列に入れさせてもらう。むろん割り込まれたほうはよい気分をしないだろう。手振りで謝ってはおいたけど。

 料金は二輪料金はなく、普通車扱いで410円。そんなに取るの? という感じだ。

 料金は、ETCカードでも払えるということなので、カードで支払った。

 さて、料金所を通過するまでに5分くらいを要した。先を急ぐ。

 新門司港に到着を予定していた、17時も過ぎた。

 とてもじゃないが、スーパーを探して、食材を選んでいる暇などない。国道10号線沿いのコンビニ(セブンイレブン)に立ち寄り、船内で5月5日まで必要な食材やビールなどを急いで買った。

 そのあともひたすら、オートバイを新門司港まで走らせる。

 途中、フェリーターミナルに向かうオートバイを2台見かけた。方向が同じなので、おそらく同じフェリーに乗るんだろう。

 オーシャン東九フェリーのフェリーターミナルに着いたのは、17:30頃だった。出港のわずか30分前である。

 本当は、もう30分は早く来ていなければならないのに。

 駐車場にいる係員さんが話しかけてくる。
 『予約はしてる?』
 『はい、してます。』
 『それじゃ、2階に行って、すぐに手続きしてきて。』

 オートバイを降りて、オーシャン東九フェリーのカウンターへ向かう。
 乗船名簿に記入して、カウンターに提出。その際、往路でもらった「往路証明」も付ける。旅客運賃が10%割引になった。

 乗船券をもらうと、二段ベッドは下段になっていた。電話予約したときは、上段でもよいかと訊かれた。予約できるなら構わなかったので、「いいです」とふたつ返事だったのだが、よかった。こんなに遅くにやってきて、上段、下段を選べるとは思っていなかったので、敢
えて下段にしてほしいとは言わなかったのだ。

 

 すぐにオートバイのところに戻って、係員さんに乗船券の半券をもぎってもらう。フェリー『おーしゃんのーす』への乗船はすぐにできた。出航の20分前という際どさだった。まったくなんか昨年も同じように出航間際に滑り込んだ記憶が。。。ひどいデ・ジャ・ブだな(^^;。

 まったく毎度毎度、綱渡り人生を地で行ってる。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月20日 (月)

第589段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/4)(6)~JR別府駅

 JR別府駅前には、もう一つモニュメントがある。

20140504_p5042248r

20140504_p5042249r

『モニュメントの説明

 このモニュメントは、別府市内の至る所から湧き出る日本一の豊かな温泉を
 イメージして作成したものです。

  土台には別府原産の『別府石』を使用しており、湯だまりには別府の象徴
 である温泉が掛け流されております。

  泉質は「ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉』で、手湯として気軽に別府の温泉を
 ご体験いただけます。また夜にはモニュメントがライトアップされ、季節や時間
 とともに変化する光をお楽しみいただけます。

                       平成17(2005)年 12月24日完成
                       別府市観光まちづくり課』

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月19日 (日)

第588段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/4)(5)~JR別府駅

 14:00頃、JR別府駅に到着。駅前でセローのバックに駅舎が入るようにいつもの写真を撮る。。。

 んだけど、なにやら像がある。
 別府駅の文字を入れようとすると、必然的に像の前にオートバイを停めることになって、像が映り込む。まぁ、それはいいとして、これはいったい誰の像か?

20140504_p5042242r
↑いつものように別府駅の駅舎をバックにオートバイの写真を撮る

20140504_p5042258r

20140504_p5042264r

20140504_p5042259r


20140504_p5042267r
↑像の正体はこの方。

 『子どもたちをあいした
  ピカピカおじさん

  The man called "Shiny Uncle" who loved children

     別府観光の父  Father of tourism in Beppu

     油屋熊八の像

   Statue of Kumahachi Aburaya』

20140504_p5042261r
↑『山は富士 海は瀬戸内 湯は別府

  The best of Japn: Mt.Fuji, Seto Inland Sea, and Beppu Hot Springs 』

20140504_p5042251r
↑どういう方で、銅像まで建てられているのか。プロフィールを読んでみましょう。

『あぶらや・くまはち のプロフィール

 ・1863(文久3)年、愛媛県宇和島の米問屋に生まれる。
  小さいときから働きもので有名だった。

 ・30歳のとき大阪へ来て、米の相場で成功し、巨万の富を手にする。
  つけられたアダ名が “油屋将軍”。

 ・34歳で相場に失敗し、全財産をなくす。
  臭くて暑い船底に乗りアメリカへ。

 ・3年間かけてカナダからメキシコまで旅し、38歳のとき帰国。
  アメリカでキリスト教の洗礼を受けていた。

 ・46歳のころ、別府温泉へ移り住み、ホテルを経営しはじめた。それがやがて、世界の
  お金持ちを迎える一流ホテルに成長する。

 ・アメリカで目にしたスケールの大きな観光地づくりを実践。大阪の上空から飛行機で
  ビラをまいたり、 “山は富士 海は瀬戸内 湯は別府” と書いた標柱を富士山にか
  つぎあげて立てたり・・。当時はだれも思いつかないような奇抜なアイデアをつぎつぎ
  に実行した。

 ・美人バスガイドが案内する観光バスを日本ではじめてつくったのもこの人だる。 “地
  獄めぐり ”は爆発的人気をあつめた。

 ・この人のまわりには、別府観光のためならなんでもしようというオモシロイ人たちが
  あつまった。みんな子どもたちが大好きで、『オトギ倶楽部』を結成し、童話や歌や
  演奏を聞かせた。クリスマスにはサンタクロースが水上飛行機から下りてきて、子ど
  もたちをびっくりさせたりした。『オトギ倶楽部』で、あぶらや・くまはちは “ピカピカの
  おじさん”とよばれていた。

 ・湯布院温泉を観光地として開発したのもこの人だった。当時描いていた観光プラン
  は別府-由布院-久住高原-飯田高原-阿蘇-長崎をむすんで道路をつくる
  という、九州全体を視野に入れたものだった。

 ・1935(昭和10)年、別府で死去。73歳だった。くまはちが描いた “ここを世界の観光
  地にしよう”という夢は、いまもこの町のあちこちに生きて息づいている。』

 なるほど。別府を観光地に押し上げた偉人というわけですね。

(つづく)


 
にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月18日 (土)

第587段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/4)(4)~新門司港までは…

 別府海浜砂湯を後にして、国道10号線(R10)を別府駅方面に1.4kmくらい走ると、別府観光港がある。そこにある別府交通センターに寄り、お土産を探す。

 ちょっと実家用の土産に迷った。結局、ゆずこしょうや煎餅、まんじゅうなどを買った。

 オートバイのところに戻ってきて、買ってきた土産をパッキングし直す。

 さて、現在、12:40。

 GPSによると、ここから新門司港まで、直線距離で、約80km。ほぼ直線の道路を走ることになるので、せいぜいプラス10kmと考えても、道のりで約90km。

 平均時速40kmでも、2時間と15分くらいか。

 出航時刻は確か19:30だったはず。とすれば、18:30には新門司にいればいいが、それでは、危険なので、17:30とすると、その1時間前16:30に新門司にいなければならない。

 新門司港まで2時間かかるとすれば、別府を14:30には出発する必要がある、ということだ。

 だが、この計算の前提となっている、出港時刻は合っているのか?

 考えるより、オーシャン東九フェリーに電話をかけて確認しよう。
 ということで、オーシャン東九フェリーの北九州ターミナルに電話してみた。

 すると、今日の北九州発東京フェリーターミナル(FT)行きは、18時発だという。考えていたのと全然違うじゃない。確認してよかったぁ。

 18時発
ということは、少なくとも1時間前の17時には乗船手続きをする必要がある。フェリー内での食材を買う時間を考慮すると、余裕を見て16時には門司にいないと。

 つまり逆算すると、14時前、13:30には別府を出発だ。
 って、今13時じゃん。ちょっとお土産を選ぶのに時間を使い過ぎた。

 
 ということで、急いで昼食を食べてしまおう。別府交通センター1Fのレストランで昼食にする。

 たこ天丼1,130円也。結構量が多かった。
 現在13:44。すぐ出発しよう。

Imgp5845r
↑たこ天丼 1,130円也

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月17日 (金)

第586段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/4)(3)~別府海浜砂湯

 11人くらいすぐだろう、と思ったら結構待たされた。

 番号を呼ばれたのは、9時半頃。受付から、約50分くらい経っていた。

 受付で番号札と引き替えに浴衣をもらう。本来、空いていれば、お金と引き替えに浴衣をもらえるのだ。

 脱衣所に行く。ちょうど砂を落とすお風呂からあがった人もいて、込んでいる。

 脱衣所は狭く、5人もいたら、満杯だ。ロッカーはあるが、有料(100円)。

 それ以外は、籠だ。まぁ、大丈夫だろう。籠の下側に上着を入れ、その上から携帯ディパックの中に、デジカメとタオル以外の荷物をすべて入れて、ロッカーの上に置いておく。

 裸に浴衣だけ着て外に出る。するとすぐに砂掛けさんに呼ばれる。

 2010年に南九州へツーリングのときに行った鹿児島県指宿の砂湯では、頭付近にタオルを敷いたが、ここでは、そうしないらしい。


 『木の枕に頭がくるようにして、寝そべってください。両手は「気をつけ」の姿勢で。』
と言われる。
 言われたとおり、砂の上に寝そべると、砂を体にどんどんかけてくれる。
 これが、結構重い。
 指圧の効果もある、ということだった。

 『15分くらいです。お声をおかけしますね。』

 徐々に体が熱くなってくる。特に腰のあたり。これ、長時間寝てると、低温やけどしそうだ。
 でも、気持ちいい。
 砂湯のそばに、デジカメなどを入れる小さな籠がある。そこにタオルとデジカメを入れておいたら、こちらから何も言わなくても

 『写真撮りますね。このオレンジのカメラはお宅さんの?』
 『あっ。そうです。ありがとうございます。使い方分かります?』
 『分かる、分かる』
 その砂掛けさんは、年は、60歳代だと思うのだけど、よくデジカメの使い方分かるな、と思っていたら、
 『お客さんはいろんなカメラを持ってくるから。』
 
ということだった。なるほど。それでだいたい使い方が分かるのか。

 15分間ということだったが、12分ほどで、声をかけられた。
 ちょっと早いな。指宿では、砂湯に入っている時間は、個人に任されていたんだけど。。。


 『はーい。そろそろどうでしょうか。
  ゆっくり手を動かしてバンザイをしてください。そのあと体の上の砂を払ってください。』

 なかなかよい体験だった。

 このあと、シャワー室(カランは2つ)で砂を落とし、そのまま浴室に入る。浴室も小さく、カランは3つ。湯船も3人も入ればいっぱいだ。

 特に体を洗う必要はないので、砂を落としたあと、湯船に5分ほど浸かって、風呂を出た。

20140504_p5042226r
↑見にくいですが、奥側の砂湯に入っている人がいます。

20140504_p5042237r
↑奥側の海側の人がちょうど起き上がっていますね。見にくいですけど。

Imgp5844r
↑砂
かけさんに撮ってもらいました。奥の砂湯は、温泉を満たして砂をクリーニング中。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月16日 (木)

第585段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/4)(2)~別府海浜砂湯

  今日は、夕方には新門司港に移動し、復路のフェリーに乗らなければならない。

 その前に。
 この上人ヶ浜公園の隣(別府市美術館)の隣が、別府海浜砂湯だ。
 午前8:30から始まるので、まずここに入る。

 そのあと、別府駅でいつもの写真(駅舎を背景にしたオートバイの写真)を撮影し、土産物を買ったあと、新門司へ行く、という予定にしよう。

 現在8:26。移動しよう。

 ちょうど8:30頃、別府海浜砂湯に着いたのだが、すでに駐車場は車でいっぱい、受付に待つ人もいっぱいだ。どうやらGW期間中なので、少し開店時間を早めたようだ。

 しまったな。出遅れた。砂湯の目と鼻の先にいたというのに。

 料金は、4月からの消費増税のため、30円値上がりして、1,030円也(税込み)(因みにタオルは320円(税込み))。

 受付で料金を払い、番号札(ポストイット)のついた「砂掛券」を渡される。番号は25。先ほど14番まで呼ばれたので、あと11人だ。

 ここで、呼ばれるまで待つことなった。

20140504_p5042240r


20140504_p5042225r
↑奥の砂湯と手前の砂湯が交互に使われる。片方の砂湯が使われている間、
もう一方の砂場全体に温泉を満たし、砂をクリーニングしたあと、排水し、砂を
ならして、次のお客を待つ。


(つづく)


 
にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月15日 (水)

第584段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/4)(1)~起床

 5:15頃起床。
 この時間はほぼ、日の出時刻なのだ。

20140504_p5042200r
↑別府湾を昇る朝日

20140504_p5042208r
↑写真右上の山は、位置的に考えて、高崎山(625.4M)のようだ。


 公園内の健康遊具では、おばさん達が早朝トレーニング中。ずいぶんとお早いことで(^^;。

 テントから出て、いつものテント周りの写真を撮ったあと、撤収に取りかかる。

20140504_p5042175r

20140504_p5042188r

20140504_p5042217r

 NHKラジオによると、九州地方は、午前中晴れ。午後は曇りがちで、夜遅くには雨が降り出すところもあるという。もっともその頃には、こちらは、フェリーの中だ。つまり、今日も雨の心配は要らないことになる。なによりだ。最高気温は大分で23℃くらいの予想。

 6:20には、撤収をほぼ完了。
 オートバイを公園の外に移動させたあと、朝食をとる。

 朝食は、ヤマザキのランチパック(ツナサンド)、オニオン・カマンベールチーズパン、野菜ジュース、ヨーグルト、キャベツサラダ。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月14日 (火)

第583段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(17)~やなぎ屋

 雑誌『るるぶ大分・別府』で夕食の店を探す。別府グルメということでとり天を食べよう。別府市街、アーケード街にある「やなぎ家」という店にしようと思う。

 ちょっと遠回りしたらしく、商店街に20時過ぎに到着。しかし、繁華街のため、道が込み入っていて、よくわからない。

 オートバイを下りて探したいところだが、こういうところだと、たとえオートバイといえど、停めるところに気をつけないと。

 ようやく古い空き店舗の横のスペースにセローを停めて、歩く。


 るるぶにある地図を見ながら、GPSにお店の場所を登録しておいたが、登録したお店の位置と実際の位置がずれていて、少し探したが、アーケード街に「やなぎ家」を見つけた。

Imgp5833r
↑やなぎ家

 早速入る。メニューは決まっていて、
 「とり天定食」を頼んだ。850円也。

 とり天は、カラッと揚がっていて、それでいて柔らかい。なかなか美味。だけど、ちょっと量が少ないかな。

Imgp5834r

↑やなぎ家 「とり天定食」

 お店から出てきて、オートバイのところに戻ってきた。
 ポメラで日記をつけていると、65歳くらいの男性に声をかけられる。

 いつものように
 『どこから来たの?』
 という質問から始まる。東京から、と答えると自分も東京の亀有にいたことがある、と言っていた。

 それから、国道500号(九州横断道路)に入ったところにサウナがあること(おそらく24H営業のスーパー銭湯のことだろう)、別府駅の駅前通りにも2,000円くらいで泊まれる安宿があることなどを教えてもらった。場所は、よくわからないけど(^^;。どうやらこの方、私が今夜の宿がないと思っているようだった。説明するのも時間がかかるので、野営することは黙っておいた。

 現在21:47。寝床となる、上人ヶ浜公園に移動しよう。途中、コンビニでビールを買って(^^;。
 国道10号を亀川方面に進んでいくと、別府タワーを過ぎて、すぐ左手に「マルショク餅ヶ浜店」というスーパーが現れた。もうやってないと思ったら、夜12時まで営業の文字が見える。ここに立ち寄る。現在22:07。


 スーパーから出てきて、22:22。公園へ向かう。

 上人ヶ浜公園には、23時ちょっと前くらいに到着。右折できないので、一度Uターンをして、公園前は、オートバイを降りて目的のゲートボール場横までやってきた。

 昼に確認したとおり、公園内は電灯があり、ほんのり明るい。テント設営には困らないくらいの明るさだ。オートバイは申し訳ないが近くまで乗り入れさせてもらう。


 テントは23:20には、設営完了
。洗濯物も干し終わり、あとは、晩酌だけだ。

 ラジオを聞きながら、ビールで乾杯。夕食は取ってきたので、お菓子をツマミにして。

 トイレと歯磨きを済ませ、寝たのは、午前0時を回って、0:20頃だった。
 およそ理想的なキャンプじゃあない(^^;。


【5月3日データ】
オドメーター:70708.8km
5月3日の走行距離:105.4km
万歩計:12,651歩(約8.9km)


(つづく)

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月13日 (月)

第582段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(16)~湯の里温泉

 湯の花の見学用の小屋(第581段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(15)~湯の花小屋見学 参照)の先にある高台に、露天風呂がある。
 600円也。
 ここでお風呂に入ることにする。
 連休中とあって、混んでいる。まぁ、どこでも観光地にある温泉は同じようなものだろう。

 露天風呂側には、カラン11ヶ所。ボディソープが備えつけてある。シャワーはない。湯の蛇口と水の蛇口を併せて開けて適温にするタイプだ。

 内湯はカランが4ヶ所。ボディソープ、シャワー、蛇口の設定は露天風呂と同じだ。

 湯が結構熱いので、半身浴にする。結構長く浸かった。

 脱衣所で着替える際、混んでいることもあって、少し待ったりしたので、大分時間を使った。

 出入り口のところで、とうもろこし(300円、売り切れ)や、温泉蒸したまご、ちまきなどを売っている。温泉の蒸気で調理したものだ。これから夕食だというのに誘惑に負けて、ちまき(200円)と温泉蒸したまご(50円)を食す。

 今日は昼を食べてないようなものだからね。美味、美味。

Imgp5824r
↑温泉蒸したまご と ちまき


Imgp5830r
↑メニュー 
 温泉から出てきたら、サイダーとか温泉たまごとか、食べたくなるよね(^^)。


 現在、19:32。外はすっかり日が暮れていた。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月12日 (日)

第581段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(15)~湯の花小屋見学

 明礬(みょうばん)温泉  “湯の里”の敷地内の中央付近に湯の花小屋があり、無料で見学ができる。

20140503_p5032158r

20140503_p5032160r

20140503_p5032164r

20140503_p5032165r

20140503_p5032166r

20140503_p5032169r

20140503_p5032159r
↑湯の花製造方法について書かれている看板

『別府明礬温泉の湯の花製造技術
 【国重要無形民俗文化財(民族技術)】

 この技術は別府市の明礬温泉で江戸時代に行われていた明礬製造技術を応用
したもので、製品である湯の花は、薬として引用、塗布されたり、入浴剤として利用
されてきた。

 作業は、湯の花小屋づくりと小屋の内部で湯の花を結晶化させる作業に大きく
分かれる。湯の花小屋は、噴気を通した小屋床の上に藁(わら)や茅(かや)で屋根
を葺(ふ)いたもので、内部は噴気をまんべんなく噴出させ、温湿度を一定に保ちや
すい構造になっている。その小屋床に青粘土を敷き固め、噴気の強さを調節して内
部の温湿度を一定に保つことで、湯の花の結晶を造り出す。

このように、温泉の沈殿物などを採取するのではなく、湯の花小屋という特殊な製
造施設をつくり、内部で噴気と青粘土を巧みに利用して湯の花の結晶を造り出すと
いう全国でも類を見ない貴重な民族技術である。

                          平成18年(2006)3月15日 指定

                                 別府市教育委員会 』

 そうですよね。普通湯の花というと草津温泉の湯畑みたいのを想像してしまうけど、製法が違いますね。

(つづく)

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月11日 (土)

第580段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(14)~明礬(みょうばん)の由来

 明礬地獄湯の花採取場
第579段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(13)~明礬地獄湯の花採取場 参照)から少し坂を上ったところに  “湯の里” という施設がある。

20140503_p5032147r

20140503_p5032146r
↑ “湯の里 ” にある案内看板(クリックすると拡大します)

 
 「薬用 湯の花」の製造技術が重要無形民族文化財となっており、そのための湯の花小屋がある。 他には当然ながら “湯の里”の名前の通り、温泉はもちろんのこと、食事処、売店などもある。

20140503_p5032149r
↑明礬(みょうばん)の由来を記す看板

『明礬の由来

 寛文4年(1664年)、肥後国八代(熊本県八代市)出身の浪人渡辺五郎右衛門
が、速見郡鶴見(別府市鶴見)に来て、明礬製造を思い立った。

 彼は、立石村(別府市南立石)と鶴見村の小倉(別府市小倉)で明礬製造を試み
たが失敗に終わった。その後、五郎右衛門は長崎の薬種問屋に奉公し、ここで中
国人から明礬の製造の秘伝を聞くことができた。そこで、鍋山、湯山、野田村
(いずれも別府市内)で、大々的に製造開始した。これが日本の明礬製造の始まり
である。

 ところが、中国から大量の明礬(唐明礬)が輸入されるようになり、五郎右衛門の
明礬山は経営難となって製造を中止しなければならなくなった。たちまち明礬山は
荒れ山となってしまった。

 その後、享保10年(1725)に、天領の小浦村(日出町平道)の庄屋・脇儀助(脇蘭室
の祖父)、現脇屋社長の祖先が、森藩領の鶴見村で、同藩に運上金(事業税)を払
って、明礬製造を再開した。さらに、同12年には、野田村明礬山でも大々的に製造
を行った。ところが、五郎右衛門の時と同様、唐明礬の大量輸入のため、またしても
経営困難に陥った。

 そこで儀助は、享保14年(1729)に大阪商人の近江屋らと共に唐明礬の輸入禁止の
願いを幕府に訴え出た。さらに幕府の和薬吟味方・丹波正伯に、儀助が製造した
明礬の品質検査を願い出た。この品質検査により儀助が製造した明礬は、唐明礬
より高級であることが証明されることとなった。

 これにより享保15年(1730)、幕府は唐明礬の輸入を禁止し、日本国内で生産され
る明礬のみを使用するよう命じた。儀助らは、明礬を幕府の専売品とし、江戸、京都、
大阪、堺に明礬会社を設けて取引するよう願い出た。

 その結果、享保19年(1734)に明礬会社の設置が幕府から認められたのである。こ
うして儀助らは、日本国内の明礬の製造、販売権を独占することとなり、年間の収益
は約一千両に及んだという。

 当時、明礬は、薬、火薬、染め物、鍛冶溶接、絵画など多方面に使用されていた。』

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月10日 (金)

第579段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(13)~明礬地獄湯の花採取場

 さて。これから入りに行く温泉の場所、夕食を食べる場所(今日は外食にしてしまおう)、明日の土産を買う場所を『るるぶ 大分・別府』で確認し、GPSに登録した。

 温泉は、ここ上人ヶ浜から西の方角にある明礬(みょうばん)温泉にある豊前屋旅館というのが良さそうだ。入浴料も300円と安い。

 16:37 上人ヶ浜公園を出発。

 明礬温泉はちょっと道が入り組んでいる上に高台にあって、坂が多い。ようやく見つけた豊前屋旅館だったが、宿泊客がいるということで入浴を断られてしまった。
 『連休中なら、15時くらいまでに来てくれれば入れたんですけど…』ということだった。

 まぁ、そういうことなら仕方ない。

 旅館ではなく、普通の立ち寄り湯に行きますか。

 現在17:20。

 もう少し先にある、湯の里。湯の花の採掘場を無料で見られる。ここの駐車場にオートバイを停めて、湯の花採掘場を見ることにした。

20140503_p5032113r

20140503_p5032118r

20140503_p5032120r

20140503_p5032135r

『明礬地獄湯の花採取場

 国指定 重要無形民俗文化財

  “湯の花”は明礬温泉場特有の青粘土に、地下より噴出する噴気(熱蒸気)
 が浸透して表面に結晶状となって出来上がるもので約1ヶ月で採取されます。
 したがって、温泉成分を多量に含有しております。ご家庭の浴水に溶解する
 ことにより、居ながら明礬温泉に入浴することができます。』

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月 9日 (木)

第578段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(12)~別府海浜砂場は…

 15時頃、別府市の上人ヶ浜に到着。
 位置的には日豊本線の別府大学駅近くだ。

 ここに「別府海浜砂場」という砂湯があるのだが、行ってみると、“本日の入場受付は終了しました”の看板を掲げる男の人がいた。

 この時期は、17時までやっているはずだが、GW後半の初日だからだろう、人が多いに違いない。

 これは、明日の朝は一番にここに来て入ることにするか。

 そこを過ぎたあたりに別府観光港がある。茨城県の大洗港と北海道の苫小牧港を結ぶフェリーで見慣れた「さんふらわあ」が見えたので、近付いてみると大阪行きだった。


20140503_p5032104r
↑さんふらわあ こばると

 さて。これからの行動だが。

 まず、今夜泊まるところ。

 「別府海浜温泉」に行く手前に大きな公園が見えたので行ってみる。

20140503_p5032111r
↑上人ヶ浜公園


 「上人ヶ浜公園」という。芝生とゲートボール場?だけがある。中央には、水場もあった。

 あとトイレは?、と思って探すとちょっと外れたところに水洗トイレがある。ただし、今日の午前5時40分に掃除した、と書いてあった。
 それは早いな。  その時間では、まだテントを撤収しきれていない。
 ゲートボール場近くなら、テントを張るスペース、ゲートボール利用者用の簡易トイレもある。水場からもそれほど遠くない。

 今夜はここに夜陰に紛れてテントを設営することにしよう。
 (とことん野営主義であるので(^^;。)

 この近くでは、もともとキャンプ場はないし、道の駅もない。夜来て、早朝撤収していれば、問題ないだろう。

 あとは、風呂と夕食をどうするかだ。


 (つづく)

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月 8日 (水)

第577段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(11)~別府の街を一望

 東椎屋の滝を後にし、国道500号を別府方面へ南下する。
 途中、大分自動車道と交差し、さらに行くと、ヒゴタイ橋というところから、別府の街が一望できた。

 道路脇にオートバイを停めて、写真を撮る。

 流石にヒゴタイ橋は地図には出てこないが、場所としては、立命館アジア太平洋大学のすぐ側だ。

 因みに橋の名前の「ヒゴタイ」とは、調べるとキク科ヒゴタイ属の多年生植物のこと。

20140503_p5032093r
↑ヒゴタイ橋から見える別府の街

20140503_p5032096r
↑ヒゴタイ橋

20140503_p5032097r
↑同上

 さて、それでは別府の街に行こう。
 ずっと以前、1995年になるが、別府にツーリングに来て、地獄巡りはしている
ので、砂湯でも入ってみようかな。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月 7日 (火)

第576段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(10)~東椎屋の滝

 13:15頃、東椎屋の滝入口に到着した。

 ただし、駐車料金が単車100円。

 こういうときは即Uターン(^^;。
 少し戻って、道路の空きスペース(路肩)にオートバイを停める。こんなところで、駐車料金のムダ使いはしない。

 滝の入り口から滝までは、徒歩で約5分。なかなかの落差から水が落ちてくるさまは、壮観だ。写真を撮りまくる。

20140503_p5031959r

『東椎屋の滝
(名勝「耶馬溪』の内)

  東西椎屋瀑(三島中州)
  耶馬溪山天下伝唯憾無一條飛泉
  両豊山水君須記東西推瀑有始全

  帆足萬里はここを「潔心地」と懐かしみ門人その他と共に多くの詩文を
 残しています。

 絶壁の上部は新耶馬溶岩で下部は成層集塊岩です。

 華厳の滝に似ていて高さは八四米あり九州の華厳と言われています。
 滝川の渓流、渓谷の美しさをご鑑賞下さい。』

20140503_p5031962r
↑東椎屋の滝入口

20140503_p5031967r
↑同上

20140503_p5031971r
↑滝壺から流れる渓流。写真左奥に滝が見える。

20140503_p5031995r
↑東椎屋の滝 落差84m


 オートバイのところには14:13にようやく戻ってきた。
 
 さて、別府へ行こう。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月 6日 (月)

第575段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(9)~安心院にて

 ENEOSで給油。セルフでも170円/L。地方であることもあるが、ちょっと高いな。
 現在12:16。

 国道500号(R500)を別府方面へ抜けることにしよう。


 しかし、今は昼時。何か食べておこう。
 どうやら安心院の名産はスッポン料理らしい。
 JA安心院の前に幟が出ている。


20140503_p5031955r
↑JA安心院前にて


 といって、まさか昼に食べる気にはならない。

 そのJA安心院に立ち寄ってみる。そしたら、
 『無料だからけんちん汁食べていって』
 と言われ、そちらのテントに行くと、けんちん汁を振る舞ってくれた。

 もっとも量は少ない。ご飯も欲しいところだけど、それはない。

 炭火焼き鳥を売っていたが、1パック500円では高いので、買えない。

 結局、けんちん汁だけ食して、JA安心院を後にする。

 現在12:56。


第573段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(7)~宇佐市観光案内看板 で出てきた東椎屋の滝を見てから、別府へ向かおう。

(つづく)

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月 5日 (日)

第574段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(8)~鏝絵(こてえ)

 荒瀬橋を見てきてから、「道の駅いんない」に帰ってきて、しばし、これからの行動を考える。
 とりあえずは安心院(あじむ)方面に行こう。
 11:22出発。

 安心院には、11:30過ぎに着いた。

 鏝絵(こてえ)と呼ばれる彫刻が市内に80はあるという。

 この鏝絵というのは、昨日、

第573段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(7)~宇佐市観光案内看板
の宇佐市の観光案内看板にも出てきてたが、土蔵や家の壁などに家の繁栄や厄除けを祈願して描かれた漆喰彫刻のこと。現在でも、80箇所を越える鏝絵が安心院に残っている、ということなのだけど。

 まず、大分県立安心院高校の正門にその鏝絵があるのを発見。写真に撮る。

20140503_p5031930r
↑大分県立安心院高校正門

20140503_p5031934r
↑同上

20140503_p5031941r
↑鏝絵 『松に鷹』

20140503_p5031943r

『 「松に鷹」 (大分県立安心院高等学校)

  ○ 製作年  明治時代
  ○ 製作者  調査中

  この鏝絵は安心院町大地区の衛藤幹彦さん宅の土蔵の戸袋にあったもの
 ですが、家屋の取り壊しでこの場所に移設したものです。高校生に、鏝絵の
 素晴らしさや文化財の価値・保存の大切さ、左官職人さんの匠の技、美意識
 などを認識してもらうことを願って設置しました。

  「鷹」は勇気、飛翔、前進を、「松」は不老長寿の願いが込められています。

 なお、これと同じ図柄の作品が安心院町矢崎の斎藤昭一さん宅に
 「大正3年(1914)、久保嘉来郎 作」とあります。

  保存鏝絵第12号
  あじむ鏝絵保存会 』

 その後、辺りをオートバイで散策するが、鏝絵は見つからない。どんなところにあるんだろう。てっきり、家の壁とかに飾ってあるのかと思ったのだけど。

 まぁ、いいか。

 因みに、ここ安心院、院内地区の小、中、高校10校は、小・中・高一貫教育をしている、と安心院中学校の正門の横断幕に書いてあった。

20140503_p5031953r

 一貫教育というのは、長いスパンで教育の進度を調整できるからいいよね。私立ならそれほど珍しくはないけど。私が高校時代は、考えられなかったな。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月 4日 (土)

第573段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(7)~宇佐市観光案内看板

 その荒瀬橋の説明看板の下に、「道の駅いんない」と宇佐市の観光案内看板があった。
 ちょっと見てみよう。

20140503_p5031898r

 『道の駅 いんない

 (宇佐市院内町副1381の2 国道387号線沿い
  営業時間 9:00~18:00  TEL 0978-42-5539
  定休日:年末年始のみ(レストランは第2・4月曜日)

“日本一の石橋のまち” 宇佐市院内町の石橋の仕組みや構造の説明、貴重
な資料の展示もしている院内石橋観光の情報ステーションです。

 特産のゆずを使用したお土産の販売や、郷土料理を味わえるレストラン、九州
唯一の生息地であるオオサンショウウオの特別公開もしていますので、是非、
お立ち寄りください。』

20140503_p5031900r2
↑クリックすると拡大します。

『神と仏   宇佐市  歴史と自然

 城井1号掩体壕:
  太平洋戦争末期には海郡特別航空隊の基地として、多くの
  若者が南の空に飛び立っていきました。飛行機を敵の空襲から守るための
  施設である掩体壕が現在10基残っています。

 西本願寺四日市別院:
  安政6年(1859)に建てられた現在の本堂は、間口19間の大伽藍で、九州
  では最大の木造建築と言われ、全国でも屈指の大伽藍です。門前町の
  様子を今に伝えています。

 東本願寺四日市別院:
  平成21年(2009)には国の登録有形文化財に指定されるなど大伽藍の東西
  本願寺の別院が甍を並べる地区は全国でも珍しいと言われます。山門は
  文化14年(1817)に建てられたものです。

 双葉の里:
  宇佐市はいまだ破られることのない69連勝の記録をもつ「昭和の大横綱
  双葉山」の生誕の地です。生家も復元し、双葉山に関する多くの資料を展示
  しています。

 国宝 宇佐神宮:
  全国4万社余りの八幡様の総本宮で、わが国第二の宗廟ともいわれ、かつ
  ては神仏習合を表す神宮寺も存在しました。本殿は「八幡造」という様式
  の代表建造物で国宝に指定されています。

 安心院 鏝絵(あじむ こてえ):
  鏝絵は土蔵や家の壁などに家の繁栄や厄除けを祈願して描かれた漆喰彫
  刻です。明治初期から盛んに描かれ、今でも、80箇所を越える鏝絵が安心
  院に残っています。

 石橋:
  石橋は現在の橋にはないロマンがあり、独特の美しさの中に石の匠の心意
  気が伝わります。院内町には江戸時代から昭和の初めに架けられた75基も
  の石橋があります。

 安心院葡萄酒工房:
  ぶどうの名産地安心院の良質ぶどうを原料にワインを醸すワイナリーで、
  「杜の中のワイナリー」をイメージしています。ワインの製造工程の見学コー
  スや試飲コーナーもあります。

 東椎屋の滝:
  日本の滝百選にも選ばれた東椎屋の滝は、日光華厳の滝に似ていることか
  ら「九州華厳」と称される85mの断崖を垂直に落ちる雄大な滝です。市内に
  は他の福貴野の滝や余の滝などがあります。

 岳切渓谷:
  宇佐市が誇る隠れた避暑地で夏はキャンプ客で賑わい、新緑・紅葉と四季
  折々の姿を見せてくれます。大きな一枚岩の上を清流が流れ、約2kmにも
  わたり裸足で沢歩きが楽しめます。

 龍岩寺三尊像:
  像高約3mの薬師如来像・阿弥陀如来像・不動明王の三尊像は平安時代後
  期の昨で懸造りの奥の院礼堂ともに国の重要文化財に指定されています。

  三尊像は樟(くす)の一木造りです。』


 これから安心院方面に行くが、鏝絵というのは面白そう。
 家の壁に飾ってあるのかな。ちょっと見てみたい。


 ところで。上の写真を見て思ったんですが(どうでもいいことなんですけど。。。(^^;)
 宇佐市の宇佐をアルファベットで書くと、「USA」。
 アメリカと交流とかあるんですかね。でもアメリカとなると大きいか。一都市となら、
 名前が縁で姉妹都市とかになるかもしれないですけどね。


(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月 3日 (金)

第572段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(6)~荒瀬橋

 再び「道の駅 いんない」に10:10頃到着。

 道の駅から徒歩で行けるところに市指定文化財の荒瀬橋があるので、見に行く。

20140503_p5031902r

20140503_p5031905r

20140503_p5031913r
↑橋の近くまでやって来た。

20140503_p5031918r_
↑橋から見える風景。清流という感じですね。

20140503_p5031927r

20140503_p5031920r

『荒瀬橋    石橋と柚子のまち院内

 荒瀬橋  ARASE-BASHI (市指定有形文化財)
 所在地 : 宇佐市院内町副(恵良川)
 架設年 : 大正2年(1913)
 石工  : 松田新之助
 橋長  : 47.4m
 橋幅  : 5.95m
 橋高  : 18.3m
 連数  : 2

 長い橋脚と美しい2連のアーチを描くこの橋は、橋高が院内地域最高の高さを
 誇る。この石橋は、石工松田新之助が県の工事として請け負ったが、負債が大
 きかったため、完成後しばらくの間、有料とされていた。これは県下の有料橋と
 としては第一号である。
 現在の橋は昭和14年(1939)に大修理が行われ、径間が若干長くなっているが、
 当時の面影は色濃く残っている。』

20140503_p5031896r

『荒瀬橋

 いんない石橋豆知識

 院内の名人 石工(いしく)職人

  荒瀬橋は、院内町を代表する石工 松田新之助が造った橋です。
  県の工事として請け負いましたが、大きな赤字が出たため、許可を得て完成から
 しばらくの間、県下では初めての有料橋となっていました。

  松田新之助は、明治末から昭和初期にかけて、町内だけでなく近郊の村も含めて
 多くの石橋を架けており、宇佐郡・下毛郡を通じて最も活躍した石工といえます。

  院内町は、両川(ふたがわ)・高並・東院内・院内・南院内の5村が合併してできた
 町ですが、それぞれの村に石橋を架けた石工の名前が残っています.お互いに腕前
 を競い合ったことが考えられますし、場合によっては協力しながら、石橋を造ってき
 たことが推測されます。


 松田新之助
 

  松田新之助は、松田元平の長男として、院内町大平景平で慶応3年10月11日
 (1867)に生まれました。
   新之助は、関西でアーチ設計の技術を学び、明治30年(1897)に帰郷した後は、
 院内に合った石造アーチ橋の架設に情熱を注ぎました。』

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月 2日 (木)

第571段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(5)~分寺橋

 再び国道387号線(R387)を北上し、「道の駅いんない」方面に向かう。

 途中、「分寺橋(ぶじばし)」という市指定文化財になっている三連の橋が見えた。それを国道沿いの展望台からも眺めることができる。
 展望台まであるくらいなので、ちょっとオートバイを停めて見てみることにする。
 展望台からの写真も撮ったが、橋は展望台から300Mほどの距離なので、近くに寄ってさらに写真を撮った。

20140503_p5031848r
↑国道沿いの展望台からの眺め

20140503_p5031849r
↑同上


20140503_p5031844r
↑展望台にあった説明書き。クリックすると拡大します。

『 分寺橋(BUJI-BASHI)
  市指定有形文化財(S57(1982).3.19旧院内町指定)

 この橋は、大正初期に架設されましたが、昭和20年(1945)に戦時中の必要性から
大改修された、3連のめがね橋です。
 

 戦争の真っ最中に改修されたにも関わらす、均整に彫刻された石がていねいに
積み上げられています。

 この説明板の下にあるものは、分寺橋の水切台を実物大で再現したものです。
(注:残念ながらその写真は撮ってきていない)

 水切台

  川の上流に向かって三角形になっているのは、橋にかかる水の抵抗をやわらげる
  ために工夫・加工されたものです。』

20140503_p5031858r

20140503_p5031866r

20140503_p5031868r

20140503_p5031875r
↑橋の側にも説明看板があったので、引用してみる。

『 分寺橋       石橋と柚子のまち院内

  分寺橋  : BUJI-BASHI(市指定有形文化財)
  所在地  : 宇佐市院内町温見(恵良川)
  架設年  : 大正初期
  改修    : 昭和20年(1945)
  石工    : 高名繁喜
  橋長    : 46.0m
  橋幅    : 3.85m
  橋高    : 7.25m
  連数    : 3

  昭和20年の改修には軍事的必要性を強く求められていたが、戦時中という若者
  の労働力不足を考えると、当時の工事が困難であった様子が想像できる。
  しかし、そのような状況下にもかかわらず丁寧に彫刻された石積みと、ほぼ同じ
  径間をした3連のアーチは均整のとれた造形美を見せており、展望公園より眺望
  した水面に映る橋の姿は特に素晴らしい。』

 10:05出発。「道の駅 いんない」戻ろう。

(つづく)


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2014年10月 1日 (水)

第570段:福岡・大分ツーリング記(2014/5/3)(4)~念仏橋

 念仏橋に行くには、一度上り坂を登ってから急激な下り坂を下りる。

 その先に川幅の狭い川を渡る橋があるが、この橋が目的の念仏橋ではなく、そこからちょっと逸れたところにひっそりと一人通るのがやっとの幅の狭い橋があった。

 手前の欄干?に「念佛」の文字が見えるので、ここが目的の念仏橋だ。

 この小さな橋が国登録の文化財なのか。。。

 周りに説明看板らしきものはない。

20140503_p5031839r
↑標識に従って進んでいく。

20140503_p5031807r
↑「念佛」という文字が読める

20140503_p5031812r

20140503_p5031814r
↑念仏橋
  人は渡ることができるが、生活道路からは外れたところにあり、普段は
 使われていないようだ。

 一通り写真を撮って、9:30出発。

(つづく)

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

日めくりカレンダー

2016年10月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

ブログ村

ブログランキング

アクセス解析

無料ブログはココログ

Google Analytics