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2014年3月

2014年3月31日 (月)

第386段:2014年GW~オーシャン東九フェリー利用によるツーリング計画(4)

 前回、オーシャン東九フェリーのスタンダードフェリーを利用したのは、2年前。
 そのときも2等室だ。
 その理由も同じ。1等室は値段が高いから(^^;。

 
第26段:オーシャン東九フェリー(1) でも書いているのだけど、そのときの2等室は満室。2等室にあるのは、枕と毛布だけ。

 係員が、きれいに折りたたんである毛布のところに、2等室に来た乗客を順番に、
 『はい。あなたここ。次のあなたはその隣。』
 というように割り当てていく。うまく壁際になれればまだ運がいい。

 雑魚寝が嫌で、夜更けてから2等室に戻ったら、いないことをいいことに、周りの者に私のスペースが侵略されている(^^;。

 まぁ、仕切りがあるわけではないからね。
 なんとかスペースを見つけて、このときは寝たんだけど。

 で。次の日。

 フェリーは徳島港に到着する。

 そうしたら、2等室のほとんどの乗客が下船したのだ。

 だから、2日目は、広い2等室を使い放題だった(自分の目的地は北九州だったので)。

 今年もそうなれば、我慢するのは1日だけで済むのだけど。。。


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2014年3月30日 (日)

第385段:2014年GW~オーシャン東九フェリー利用によるツーリング計画(3)

 今日も「 【寄り道】北海道ツーリング」はお休みです。
 楽しみにしている人(がいるか知らないけど(^^;)はすいません。

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 昨日(29日)、旅行代理店に行って、4/28東京港発北九州行きのフェリーのチケットを発券してもらってきた。自分で予約したので、手数料はかからなかった。
 というわけで、仕事をなんとか片付けて、GWは旅に出る!(^^)

 さて。
 オーシャン東九フェリーのHP
で4~5月分の運航スケジュールを見てみる。
http://www.otf.jp/schedule/

 HPの下の方にPDF形式で保存されている。

 下りは、東京を夕方に出発して、3日目の朝に北九州(新門司)に着く。
 上りの場合も同様で、新門司を夕方に出発し、3日目の朝に東京に着く。

 基本的には、フェリーは毎日休みなく運行される。

 今回、往路は日付の
関係からスタンダードフェリーの2等を利用せざるを得なくなった。しかし、復路はカジュアルフェリーの2等寝台を利用したい。雑魚寝は嫌だ。

 上述の『フェリーは毎日休みなく運航される』とすると、5/3北九州発(すなわち5/4徳島港着・発)5/5東京着のカジュアルフェリーに乗るしかない、と考えていた。

 『休みはもう1日あるのに、もったいない。けど雑魚寝の2等になるスタンダードフェリーには乗りたくないし…』
 と思っていた。 

 ところが。
 運航スケジュールによると、北九州5/3発のフェリーは休航になっている(当然5/4徳島港発も)。 

 そのおかげで、徳島港発は、5/4ではなく5/5となり、1日長くツーリングできることになったのだ。


(つづく)


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2014年3月29日 (土)

第384段:2014年GW~オーシャン東九フェリー利用によるツーリング計画(2)

 今日も「 【寄り道】北海道ツーリング」はお休みさせていただいて。

 昨日(3/28)、オーシャン東九フェリー、4/28東京フェリーターミナル発北九州(新門司)行きの予約をした。部屋の種類は2等。

 運賃は、4/1からの消費税+3%UPが当然関係してくる。

 ただし、たとえ4月以降の乗船であっても、3月中に旅行代理店でクーポン券を購入すれば、値上げ前の料金になる。

 今回の場合、3/31までなら、

  旅客(2等)          15,970円
  オートバイ(750CC未満)   9,220円
  計                25,190円

 4/1以降のとき

  旅客(2等)          16,420円
  オートバイ(750CC未満)   9,480円
  計                25,900円

  差額                710円

 たかが、と思うだろうか?

 3/31までに買えば、安く買えるのだが、デメリットもある。

 予約をキャンセルする場合だ。
 オーシャン東九フェリーに直接電話で予約した場合、キャンセルしてもキャンセル料は発生しない。

 しかし、旅行代理店でクーポン券を購入しておきながら、キャンセルすると、乗船券1枚につき、

  乗船日7日前まで   200円
  乗船日2日前まで   券額面の10%
  乗船日出航前まで   券額面の30%
  出航後          券額面の100%

のキャンセル料が発生する。

 キャンセルする可能性があるときは、4/1以降であっても、クーポン券は購入しない方がよさそうだ。

(つづく)

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2014年3月28日 (金)

第383段:2014年GW~オーシャン東九フェリー利用によるツーリング計画(1)

 今日は「【寄り道】北海道ツーリング」はお休み。

 このブログのアクセス履歴を調べると、以下のページの閲覧が結構多い。


 第26段:オーシャン東九フェリー(1)
 第27段:オーシャン東九フェリー(2)
 第28段:オーシャン東九フェリー(3) 

 皆、オーシャン東九フェリーに関するブログ。
 あまり、フェリーで旅行するということがないので、情報を欲している、からなのだろうか?確かに、通常、電車や車、飛行機での移動であって、フェリーの
利用は少ないかもしれない。

 オートバイで長距離のツーリングを行う者にとって、フェリーを利用するのは、ごく自然なこと。オートバイ随伴で寝ている間に目的地に着くのだから、これほど楽なものはない。

---------------------*-------------------------*------------------------

 2014年のGWは曜日の繋がりが悪く、うちの会社のカレンダーも暦通り。完全な飛び石連休となってしまい、GWと言えるのは後半の5/3-5/6の連続4日間だけだ。

 4日間で長距離ツーリングに行くのは無理があるため、今年の計画は、昨年同様、
有給休暇を使うつもり。有休は4/30-5/2の3日間。ちょっと3日間も連続して会社を休めるのか微妙なところ。だが、最近は会社側も有休取得を推進している。競合他社と比較して、うちの会社の有休取得率が低いためだ。 『よい仕事をするには、リフレッシュも大切』ということなのだろう。

 ということで、今のうちから、「休みます」と言っておけば、なんとかなるのでは。。。と思っているのだけど(^^;。

 そこで。
 有休を使って休める、とした上でGWの計画を決めた。

 今年も西に行きます。
 北は寒いから(^^;。

 今年は、瀬戸内海沿いを走ることを考えている。


 大まかには、
  東京からオーシャン東九フェリーで北九州(新門司)に上陸。
  関門海峡を渡って、下関へ。
  そこから、瀬戸内海沿いに進む。
  岩国、錦帯橋、宮島、広島、呉、尾道、福山、倉敷、児島。
  瀬戸大橋で、坂出に上陸。
  香川県の讃岐うどん屋を巡ってから…(^^;、
  徳島へ。
  徳島港からフェリーで東京に帰る。

 というのが、大まかに考えたツーリングのルート。


 最近、ようやくオーシャン東九フェリーのHPで5月分の運航スケジュールが出た。

http://www.otf.jp/schedule/

 このページにある、pdfファイルを見るとスケジュールが見られる。第27段:オーシャン東九フェリー(2) にも書いたことだけど、やはり今年もGWの時季に4隻あるフェリーのうちの1隻がドック入りする。
 カジュアルフェリーの “おーしゃんさうす”だ。4/27-5/10までドック入り。そのため、スケジュールを見れば分かるが、GWに休航する日が多い。長期の休みのときしかフェリーを利用しない者にとっては、甚だ迷惑な話なのだが。

 往路は、4/28出発にする。4/29は休航なためだ。4/30出発では遅すぎる。
 4/28は会社をなるべく早めに退けて、東京フェリーターミナル(以下FT)19:30出港に間に合わせる。15:30には会社を退けたいところだ。

 4/28に東京FT出港は、2等寝台の設定がないスタンダードフェリーの “おーしゃんいーすと”になってしまう。
 第26段:オーシャン東九フェリー(1) でも書いたが、GW時で旅人が多いフェリーにおいて、雑魚寝の2等室利用は最悪なのだが、ここは仕方ない。我慢して乗ることにする。奮発して1等室を利用するほど、お金持ちではないから(^^;。

 オーシャン東九フェリーのHPの料金・運賃ページを見れば分かるが、
 http://www.otf.jp/fee/参照) 東京⇔北九州間で、旅客運賃は2等が16,420円。1等が30,550円(4月以降の料金)。約1万4千円も高いのでは、1等を利用する気にならない。

 今日3/28は、4/28の1ヶ月前なので、オーシャン東九フェリーに予約を入れよう。

(つづく)


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2014年3月27日 (木)

第382段:【寄り道】北海道ツーリング記~函館 五稜郭(4)

 時間は、2012年8月2日に遡っています。

 さて。五稜郭タワーから下界に降りてきました。
 オートバイはそのままに、今度は五稜郭そのものを散策しよう。

 遊歩道? の入口のところに五稜郭についての説明書きの立て看板がある。歴史の勉強にもなる。まずはこれを見てみよう。

『特別史跡五稜郭跡

昭和27年(1952年)3月29日指定

 五稜郭跡は、幕末の箱館開港に伴い設置された箱館奉行所の防御施設で、箱館奉行配下の諸術調所(しょじゅつしらべしょ)教授役で蘭学者の武田斐三郞成章(たけだあやさぶろうなりあき)により、中世ヨーロッパで発達した城塞都市を参考に設計された西洋式土塁です。

 稜堡(りょうほ)と呼ばれる5つの突角が星形の五角形状に土塁がめぐっていることから五稜郭と呼ばれ、郭内には日本伝統建築の箱館奉行所庁舎とその付属建物20数棟が建てられました。

 安政4年(1857年)に築造を開始して7年後の元治元年(1864年)に竣工、同年6月に奉行所が移転して蝦夷地における政治的中心地となりました。

 その後、明治維新により明治新政府の役所となりましたが、明治元年(1868年)10月に榎本武揚率いる旧幕府脱走軍が占拠、翌明治2年(1869年)5月に終結する箱館戦争の舞台となりました。

 箱館戦争後は、明治4年(1871年)に開拓使により郭内建物のほとんどが解体され、大正時代以降は公園として開放されています。

 五稜郭跡は、築造時の形態がよく残っていて日本城郭史上重要であるとともに、幕末期の洋学採用の一端を示すものとして学術上きわめて価値が高いことから、北海道で唯一の国の特別史跡に指定されています。』

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(つづく)

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2014年3月26日 (水)

第381段:【寄り道】北海道ツーリング記~函館 五稜郭(3)

  展望台には、土方歳三の座像や、函館戦争の歴史ジオラマ、五稜郭の復元模型などもある。

  下の写真は、五稜郭の当時の姿を1/250の縮尺で表現した復元模型。
  他の人が写らないように写真を撮るのは大変だった。


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Goryokakur_2
↑クリックすると拡大するので、以下の番号と対比できます。


 ①用人(ようにん)長屋
 ②手附(てつけ)長屋
 ③奉行所厩(ぶぎょうしょうまや)
 ④板蔵(いたくら)
 ⑤近中(きんじゅう)長屋
 ⑥湯所(ゆしょ)
 ⑦徒中番(かちちゅうばん)大部屋
 ⑧給人(きゅうにん)長屋
 ⑨公事人腰掛(くじにんこしかけ)
 ⑩仮牢(かりろう)
 ⑪御備厩(おそなえうまや)
 ⑫秣置場(まぐさおきば)
 ⑬土蔵(どぞう)
 ⑭板庫(いたくら)
 ⑮兵糧庫(ひょうろうこ)
 ⑯供溜腰掛(ともだまりこしかけ)
 ⑰門番所(もんばんしょ)
 ⑱冠木門(かぶきもん)

(つづく)


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2014年3月25日 (火)

第380段:【寄り道】北海道ツーリング記~函館 五稜郭(2)

 オートバイをそのまま置き去りで(^^;、五稜郭タワーから函館の景色を堪能中(2012年8月2日)。

 以前、マカオタワーからの眺め
  (
第182段:マカオタワー バンジージャンプ(Macau Tower Bungy Jump)(3)
   第183段:マカオタワー バンジージャンプ(Macau Tower Bungy Jump)(4) 参照)や

 京都タワーからの夕暮れ時から夜になるまでの眺め
  (
第200段:京都タワー(1) ~   第212段:京都タワー(13) 参照)

 で、高いところからの景色を紹介したことがあるが、今回は函館 五稜郭タワーからの眺めを。

 ただ、五稜郭タワーは展望台自体も五角形になっているため、360°の展望があるといっても、等角度で写真が撮れなかった。
 

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(つづく)

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2014年3月24日 (月)

第379段:【寄り道】北海道ツーリング記~函館 五稜郭(1)

 2013年夏の北海道ツーリングでは寄っていないのだが、2012年夏のツーリングで五稜郭に行ったので、ブログの寄り道を(^^;。

---------------------*-------------------------*------------------------

 行ったのは2012年8月2日。
 オートバイは五稜郭タワー近くの駐車場に停めた。

 五稜郭全体を見るなら、まず五稜郭タワーに上ろう、ということで、タワーにやって来た。

 タワーの1Fは、お土産物屋。場所柄、新撰組や土方歳三のグッズ、函館のお土産ものなどを売っている。
 また、武田斐三郎(たけだあやさぶろう:五稜郭の設計・建設をした)や榎本武揚の銅像がある。

 タワーのエレベーター脇の切符売り場で展望台への入場券を買う。840円也。

 展望台は2階(地上90m)と1階(地上86m)がある。展望台2階から見る五稜郭はこんな感じだ。

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↑五稜郭中央にある建物が2010年7月にオープンした箱館奉行所。

(つづく)

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2014年3月23日 (日)

第378段:北海道ツーリング記(2013/8/2) (7)~函館 ハリストス正教会

 この函館 元町地区を散策するには、オートバイで回るより徒歩の方がいい。ということで、セローは、八幡坂の登り切ったところあたりの人の通行の邪魔にならないところに、ちょっと停めさせてもらって、辺りを散策する。

 もっとも、今日は苫小牧まで行かなければならないから、それほと函館に長居はできないのだけど。

 で、ここは『ハリストス正教会』。

 まずは説明書きを読んでみよう。

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『 ハリストス正教会

  安政6年(1859年)敷地内に建てられた初代ロシア領事館の付属聖堂として建立されたのが始まりで、正しくは「函館復活聖堂」という。

  文久元年(1861年)青年司祭ニコライが、ロシアから来函し切支丹解禁を待って日本で最初にギリシア正教を布教した。(明治5年(1872年)東京転任)

  明治40年(1907年)大火で類焼したが、大正5年(1916年)聖堂はロシア風ビザンチン様式で再建された。

  この聖堂内部に、丸天井を装架しているのがこの様式の特徴である。屋根に装置された数多くの十字架と、その装飾部を飾る冠状構造が独特の形状をつくっており、緑色の銅板屋根は昭和43年(1968年)に改装され、緑青を科学的に熟成したものである。

  再建当時の大鐘(重さ約2トン)は、大正12年(1923年)関東大震災で大破した東京ニコライ堂復興の際に移され、かわりに大小6個1組の鐘と交換された。

  リズムと共にメロディを送る音色から 「ガンガン寺」として市民に親しまれたが、この鐘も戦時中供出した。

  現在の鐘は、三重県桑名市在住の美術鋳造家から昭和58年(1963年)6月に献納されたものである。

  昭和58年(1983年)、国の重要文化財に指定された。

                                     函館市』

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 白亜の建物が美しいですね。
 教会の内部には入らなかった。というより、開いてなかった。

(つづく)

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2014年3月22日 (土)

第377段:北海道ツーリング記(2013/8/2) (6)~函館 八幡坂

 オートバイで八幡坂(はちまんざか)の上まで上がってきた。
 
 近くに坂の説明書きを兼ねた坂の名前を示すポールがある。

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その説明書きにはこのように書いてある。

『基坂上の箱館奉行所付近にあった八幡宮が、文化元年(1804年)奉行所の拡張工事に伴い、この坂の上に移されたことからこの名が付いた。

 八幡宮は明治11年(1878年)の火災によって焼失し、明治13年(1880年)に現在の谷地頭町に移った。』

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↑真正面には旧青函連絡船 摩周丸があるのだが、写真では確認できない。

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↑八幡坂のちょうど真上には北海道函館西高校がある。


 この坂は、別名『チャーミーグリーンの坂』。
 洗剤のCM撮影に使われたことから有名になった。

(つづく)

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2014年3月21日 (金)

第376段:北海道ツーリング記(2013/8/2) (5)~旧函館区公会堂

 オートバイは元町公園近くに置いておいて、そのまま公園のすぐ上(坂になっているので)にある「旧函館区公会堂」に行く。

 薄い青色と黄金色の洋風建築だ。TVや映画の撮影にも使われるらしい。

 入館は午前9時からで入館料は300円だが、内部を見学している時間はちょっとない。外観だけ写真を収めることにする。

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 例によって、入口の横に説明書きがあるので、引用してみよう。

 『旧函館区公会堂

   明治40年(1907年)8月の大火は函館区の約半数、12,000戸余りを焼失した。

   この大火で区民の集会所であった町会所も失ったため 「公会堂建設協議会」が組織され、建設資金として区民の浄財を募ったが、大火後のため思うように集まらなかった。

   当時、函館の豪商といわれた相馬哲平は自分の店舗などの多くを焼失したにもかかわらず5万円の大金を寄付したため、これをもとに明治43年(1910年)現在の公会堂が完成した。

   この建物は北海道の代表的な明治洋風建築物で左右対称形となっており、2階にはベランダを配しているほか屋根窓を置き、玄関、左右入口のポーチの円柱に柱飾りがあるなど特徴的な様式を表している。

   昭和49年(1974年)5月、国の重要文化財に指定され、昭和57年(1982年)約3年を費やして修復された。

                             函館市』

(つづく)


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2014年3月20日 (木)

第375段:北海道ツーリング記(2013/8/2) (4)~函館四天王像

 オートバイは元町公園横に駐車して、ラッキーピエロのハンバーガーで朝食を取っている。
旧北海道函館支庁庁舎や旧開拓使函館支庁書籍庫
 (
第373段:北海道ツーリング記(2013/8/2) (2)~旧北海道庁函館支庁庁舎
 第374段:北海道ツーリング記(2013/8/2) (3)~旧開拓使函館支庁書籍庫 参照)
に並び、函館四天王像なる像が建っている。
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 ということで、説明書きである。

  『四天王像

 函館四天王像
  市民精神の現流

  明治の函館は本州の都市のように、旧藩の遺産も恩恵もなく市民は自主的に市民精神を養い、経済の発展を計り進んだ都市造りをした。造船所、器械製作所等の重要産業を興すと共に日刊新聞の刊行、学校、病院、水道、公園をはじめ、恵まれない人々のための教育、医療施設に至るまで力を尽くした。

  明治、大正には東京の文化は東北を素通りして北海道に渡ったと言われたが、その北海道とは函館のことである。その繁栄は、平田文右衛門はじめ四天王と言われた人々の合議によって昔の泉州の堺港とくらべて明治の自由都市の函館と称する人もある。人口
は終戦前まで常に全国第十位前後であった。
  四天王とは次の四人である。像の向かって左より


  今井市右衛門 天保七-明治二十年 1836-1887

 石川県能登の生まれ、若くして当地に来たり西洋雑貨の店舗を開く、また、北海道最初に新聞社の北溟社を創立した。医師と共同で福祉事業の育児会社や恵まれぬ人のための鶴岡学校を創設する等多くの私財を投じて少しも惜しまなかった。


  平田文右衛門 嘉永二-明治三十四年 1849-1901

 函館生まれ、呉服太物商、函館繁栄のため造船所、器械製作所、学校、病院、新聞社の設立等四天王の功績は多くこの人が首唱し計画、実行に誤りがなかった。区の財産造成にも大功があった。没後、区会の決議により肖像を議事堂に高く掲げてその徳を顕彰した。


  渡邉熊四郎 天保十一-明治四十年 1840-1907

 大分県竹田の生まれ、明治二年金森洋物店を開くきて世界各国の商品を普及、書店を開きて文化に尽くし海運業を計りて貿易に貢献、また巨費を投じて函館病院を再建、二代三代にわたり私財にて育英的な人材を養成したボーニ森屋デパート金森商船は遺業の一部である。


  平塚時蔵 天保七-大正十一年 1836-1922

 青森県田名部の生まれ、函館の平塚家の養子、呉服太物、西洋雑貨の販売を業とした四天王の一人として公共事業に尽くし、私財を投じては慈善事業に貢献、四天王のうち最も長命、後輩の指導に尽くした。

  この四人は当時の区長常野正義と共に明治十四年(1881年)制定の藍綬褒章第三号から第七号まで受けた。


          建設期成会
             昭和五十七年(1982年)十月九日』

(つづく)


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2014年3月19日 (水)

第374段:北海道ツーリング記(2013/8/2) (3)~旧開拓使函館支庁書籍庫

 元町公園の旧北海道庁函館支庁庁舎の側に旧開拓使函館支庁書籍庫というのが建っている。
 それを眺めていると、ちょうどそのときバスツアーらしき一行がやって来た。そこのツアーコンダクターの話では、函館でレンガ造りの建物が多いのは、火事対策だということだった。
 

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 それでは、ここで朝食にしよう。
 昨夜に買ったラッキーピエロのハンバーガー。
 (
第159段:ラッキーピエロ 参照)
 本当は、電子レンジで暖めたいところだが。そう言えば、ミートハウスの台所にはあっただろうか? もしあれば、暖めてくればよかったな。

 でも、冷めていてもおいしい。それに大きくて食べ応えがある。2個で腹いっぱいだ。朝食にするなら、1個で十分だった。

 さて。現在時刻は9時を少し過ぎたところ。もう少しだけ函館をオートバイで回ってから、苫小牧に向かうとしよう。


(つづく)

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2014年3月18日 (火)

第373段:北海道ツーリング記(2013/8/2) (2)~旧北海道庁函館支庁庁舎

 基坂通りを上がったところは、突き当たりになっていて、そこにある旧北海道庁函館支庁庁舎の周りは公園になっている(元町公園)。この旧庁舎は観光案内所にもなっているのだが、朝が早いため、まだ開いていなかった。案内所は9時から始まるようだ。

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 例によって、説明書きを引用しよう。

『旧北海道庁函館支庁庁舎(北海道指定有形文化財)

 旧北海道庁函館支庁庁舎は、明治42年(1909年)に建てられ、公園造成と合わせて昭和57年(1982年)に修復整備されたものです。特徴のひとつに柱廊玄関があり、2階に張りだした屋根が柱頭飾り(コリント式)と中央部に膨らみのある(エンタシス風)巨大な4本の柱で支えられています。

 明治末期の函館を伝えるこの洋風建築物は、北海道開拓の歴史上価値が高いことから、昭和60年(1985年)北海道有形文化財に指定されています。

 現在は、1階を元町観光案内所として利用し、2階は「写真歴史館」として “北海道写真発祥の地 函館”の歴史を伝える貴重な写真機器や資料を展示しています。

 なお、江戸時代、ここ元町公園には、松前藩の亀田番所が置かれ、19世紀初めの幕府直轄時には箱館奉行が置かれました。安政元年(1854年)に日米和親条約で箱館の開港
が決まると、当時松前藩が復領していたこの地は再び幕府の直轄となり、箱館奉行が再置されましたが、港湾から近く防備上不利であったことなどから、元治元年(1864年)に亀田の地(五稜郭)に移転しました。
                     函館市』

(つづく)


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2014年3月17日 (月)

第372段:北海道ツーリング記(2013/8/2) (1)~ミートハウス出発

 6:05頃、起きる。
 外は曇り。今日はフェリーに乗るため、苫小牧まで移動しなければならない。なんとか天気がもってくれるとよいのだけど。

 ミートハウスには私を含め、7人ほどが泊まっていた。
 撤収の準備に取りかかる。

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↑失礼して、部屋を撮らせてもらった。まだ寝ている人もいるけど…。

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↑ライダーハウス  “ミートハウス ”


 ここには、別の部屋に女性も泊まっていた。
 水戸ナンバーだった。オートバイの機種はなんだったか忘れた。
 2週間かけて北海道を一周してきたと言っていた。今日、青森県の大間に渡ると。

 

 7:55 ミートハウスを出発。

 因みに8月2日は、 ブログ“Little World”を書いている「ひろ」さんと激しくニアミスをしていた。「ひろ」さんはこの日の夕方にミートハウスに入っていたのだった。
http://cubtabi.blog.fc2.com/blog-entry-249.html

(つづく)

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2014年3月16日 (日)

第371段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (21)~夜の金森赤レンガ倉庫

 『金森赤レンガ倉庫の夜景をバックにオートバイの写真を撮っておこう』と思い立ち、再び七財橋のところにやって来た。

 けど、橋の上では光量が足らずオートバイまではうまく写らない。夜景の写真だから、ストロボを使ってしまっては雰囲気が出ないし…。

 七財橋からは、倉庫の夜景を撮ることにした。
 オートバイは、橋を過ぎて街灯の下まで移動して撮った。

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↑七財橋の上から、金森赤レンガ倉庫群の夜景

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↑夜の金森赤レンガ倉庫をバックにセローを撮る

20130801_p8014185r

↑函館の夜景 背後には函館山があるのだが、ロープウェイも営業を終了し、明かりを落としてしまった。

  金森赤れんが倉庫で、夜景を撮影したあと、ラッキーピエロのベイエリア店に行く。
第159段:ラッキーピエロ  参照)
http://www.luckypierrot.jp/shop/bay.html

 夜は午前0:30まで開いているが、朝は10時から。とすると、明日(8月2日)は苫小牧港からの復路のフェリーに乗るため、移動しなくてはならいので、買えない。
 今日のうちに買ってしまおう。明日の朝食にすればいい。

 ラッキーバーガー330円、ハンバーガー270円。ラッキーピエロは作り置きはせず、注文を受けてから作り始めるので、少し時間がかかった。もっともその方が作り立てのアツアツを食べられるという利点があるが、今は食べないのであまり意味がないけど。

 
 その後、ミートハウスへ行く。23:30くらいだったろうか。
 ちょっと遅すぎて気が引けたが、明かりは点いていた。
 お一人が起きていた。静かに部屋に入って、すぐに寝てしまった。


(69051.3km (8月1日の走行距離 37.7km))


(つづく)


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2014年3月15日 (土)

第370段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (20)~夜のイカのモニュメント

 居酒屋 “雅家(がや)”で夕食を食べた後。

 すでに函館港祭りの花火大会も終わって、人影もまばらな函館朝市周辺。オートバイはそのまま近くに駐輪させてもらって、夜景を撮りに歩く。

 旧青函連絡船摩周丸(
第353段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (3)~摩周丸 参照)の前にあるイカのモニュメント。

 第354段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (4)~イカのモニュメント で紹介したが、 夜になるとこんな感じだ。

20130801_p8014179r

 モニュメント自体にライトが埋め込まれていて、このように光る。後方は摩周丸。

(つづく)


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2014年3月14日 (金)

第369段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (19)~函館にて

  さて。雑誌『HO』(第216段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (2)~ “HO” 参照)に出ていた湯の川温泉街の『KKRはこだて』は、通常、650円(入浴料500円+入湯税150円)のところ、税込みで400円也。250円お得だ。

 20時ごろ、『KKRはこだて』に着く。お金を払って風呂に行くと、誰もいない。貸し切りだ。風呂からあがるまで、誰も来なかった。

 風呂は内風呂のみ。カランは6個。脱衣所にロッカーなし。かごに荷物を入れる。外に貴重品を入れるロッカーあり。
 洗面所は一つしかない。
 温泉の温度はちょっと熱め。42℃くらいだろうか。

Imgp2147r
↑『KKRはこだて』の温泉
 

 温泉からあがって、日記をつけていたら、現在21:17。夕食を食べてから “ミートハウス”に向かうことにしよう。 

 函館に向かう途中、回転寿司店があり、寄ってみたのだが、営業が21:30までで、営業時間を終了していた。平日一皿94円だった。惜しかったな。

 函館市街に入ると、港祭りはすでに終わったらしく、周りでは、蛍の光が流れ、客たちは、家路へと急いでいる。

 函館朝市内にある “どんぶり横町 ”もすべての店が閉まっている。閉店が早いな。その道を挟んで対面にある居酒屋 “雅家(がや)”の店の前のメニューを見ると、定食もやっているらしい。
 ここに入ることにする。

 トロホッケ焼き定食。880円也。

Imgp2155r
↑居酒屋 “雅家(がや)”のトロほっけ定食 ちょっとほっけが小さいかな…

 ホッケは半分だった。うーん。まるまる一匹の開きが出てくると思ったのだけど。
 まぁ、もともと居酒屋だから、こんなものなのかな。味は悪くない、というよりうまかった。ただ、量が少し少ないかな。

 食べ終えて現在22:41。

(つづく)

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2014年3月13日 (木)

第368段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (18)~ミートハウス

 函館臨海研究所を出発し、(第367段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (17)~函館臨海研究所 参照) 幸坂通とぶつかる交差点を右折する。

 しばらく進むと、『HAKODATEミートハウス』と書いた看板が電柱に立てかけてある。そこを左折すると、ミートハウスがあった。オートバイが複数台停まっているからすぐ分かった。

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↑ライダーハウス  “ミートハウス” 8月2日撮影


 宿帳に記帳して、お金を払う。一泊950円也。

 すでに5~6人来ているそうだ。部屋に案内され、三つある部屋(一つの部屋は4.5畳程度)のうちの一つに割り当てられる。

 各部屋2~3人らしい。部屋の端と端はもう寝るところが取ってある、とかで、部屋の真ん中にして欲しいと言われる。

 それは、別に構わない。なんでも部屋の窓際を陣取っている人は、旅の途中で財布をなくし、ここに住みながら、働いて資金をためている、という。いろんな人がいるものだ。

 とりあえずマットと寝袋、エア枕とツーリングバッグは部屋に置かせてもらって、再び出発する。風呂とごはん、それに函館の夜景を撮影するためだ。

(つづく)


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2014年3月12日 (水)

第367段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (17)~函館臨海研究所

 オートバイに乗って、ライダーハウスに向かう途中。
  “北海道第一歩の地碑”(
第364段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (14)~北海道第一歩の地碑 )を過ぎて、さらに緑の島方面に向かう。

 
 弥生坂通りとの交差点の角に函館臨海研究所がある。


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↑函館臨海研究所

 外観が交差点
に面して丸くなっており、ちょっと目を惹く建物だったので、寄ってみた。
 建物脇に碑が立っている。見ると…


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↑箱館郵便役所跡

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 『箱館郵便役所跡』と書いてあった。
 碑の下の説明書きを読んでみよう。

『箱館郵便役所は道内最初の郵便局として 明治5年(1872年)7月 ここに建てられた

郵便制度の創始者前島密は幕末期にこの地で学を修め また箱館戦争の幕軍総裁榎本武楊は後に初代逓信大臣になる等函館は郵政先覚者ゆかりの地である

ここに先人の偉業を偲びつつ碑を建てる

昭和54年(1979年)6月 函館郵政局長 平松 宏次』

 
函館が “北海道第一歩の地 ”なら、郵便局が北海道で初めて函館に作られるのも当然ですね。郵政先覚者ゆかりの地、とまでは知りませんでしたが。

 この碑の隣にもう一つ
案内板がある。

  “沖之口番所跡”


20130801_p8014173r

それにはこうある。

『沖之口番所跡

 江戸時代、松前藩は藩財政を支える施策の一つとして、福山(現松前)に船舶、積荷、旅人を検査して規定の税金を徴収する「沖之口番所」を創設した。 その後江差と箱館(18世紀のはじめ頃)にも設けられ、文政4(1821)年沖之口役所と改められた。

 明治2(1869)年に「海官所」、さらに翌年に「海関所」と改称された。 同8(1875)年に北海道諸産物出港規則が制定され、出港税徴収が開始されると、「船改所」と改称され、その徴収業務を担当したが、同20(1887)年出港税廃止とともに船改所も閉鎖された。


 なお、明治18(1885)年に船改所構内に函館水上警察署が置かれたが、船改所閉鎖後も存続し、大正15(1926)年建てられた建物が現存している。 (水上警察署は昭和27(1952)年に西警察署と改称し、昭和59(1984)年に新築移転した。)

                    函館市』

 税金を納めさせるための機関、つまりは税関だったというところでしょうかね。これは。

(つづく)


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2014年3月11日 (火)

第366段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (16)~再び金森赤レンガ倉庫

 さて。時間は17時を過ぎた。
 そろそろ今夜の宿となるライダーハウスに移動して手続きしておこう。
 

 散策を終えて、ようやくオートバイのところに戻ってきた。

 おっ。そうだ。赤レンガ倉庫群をバックにセローの写真を撮っておこう、と思い立ち、七財橋にやって来たら、赤いパイロンが置いてある。
 風情が台無しだ。先ほど歩いたとき(
第357段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (7)~金森赤レンガ倉庫 参照)は、なかったのに。

 今日、8月1日は函館港祭りの開催日。夜には花火が上がるから、その対応
なんだろうな。

 まぁ、それでも写真は撮っておこう。


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↑ “BAYはこだて”前にて。

20130801_p8014080r
↑この入り江の先に七財橋がある。

(つづく)

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2014年3月10日 (月)

第365段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (15)~日本最古のコンクリート電柱

 昨日の『北海道第一歩の地碑』まで来たルートを逆に戻り、

『新島襄ブロンズ像』を過ぎ、

第363段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (13)~新島襄ブロンズ像 参照)
 
『赤い靴の少女像』を過ぎ、
第362段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (12)~函館 赤い靴の少女像 参照)

『ラッキーピエロベイエリア店』を過ぎ、
第159段:ラッキーピエロ  参照)
http://www.luckypierrot.jp/shop/bay.html

『ハセガワストアベイエリア本店』を過ぎて
第160段:ハセガワストアのやきとり弁当 参照)

二十間坂通りまで
行くとその角に日本最古のコンクリート電柱が立っている。

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20130801_p8014158r


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 角錐の電柱だ。
 珍しいと思うのだが、ここもあまり観光客が来るところではないらしい。

 例によって、説明書きを引用させてもらう。

『日本最古のコンクリート電柱

 この電柱は、大正12年(1923年)10月、当時の函館水電会社(現北海道電力)が建てたもので、現存するコンクリート電柱では日本最古のものである。

 高さ10メートルのこの電柱は、現場打ち工法で、底辺が47センチメートル四方、上辺が19.5センチメートル四方の鉄筋コンクリート造りで角錐形という珍しいものである。

 火災が頻繁に発生した当時の函館では、この頃から耐火建築が増えはじめたが、この電柱もそのあらわれである。

 後に、同形の電柱が建物をはさんで建てられたため「夫婦(めおと)電柱」と呼ばれて市民の話題となった。木柱が普通であった当時から今日まで、耐用年数を超えてもなお現役として街の移り変わりを見守っている。

        函館市』

 実は、写真には写っていないが、この電柱のすぐ近くの歩道側にもう一本コンクリート電柱が立っているのだ。行ったときは、ちょっと気がつかなかったが。

 その辺りの情報は、以下の『函館市公式観光情報』を見ると分かる。


http://www.hakobura.jp/firststory/2011/07/post-2.html


(つづく)

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2014年3月 9日 (日)

第364段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (14)~北海道第一歩の地碑

 オートバイはそのままに、引き続き “金森赤レンガ倉庫 ”付近を散策中です。

 昨日書いた新島襄ブロンズ像(第363段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (13)~新島襄ブロンズ像 参照)から緑の島方向に100M程歩いていくと、明治以降に北海道の玄関口となった東浜桟橋(旧桟橋)がある。ここに開道100年を記念して1968年(昭和43年)に建立された記念碑がある。名付けて、『北海道第一歩の地』。
http://www.hakobura.jp/db/db-view/2010/09/post-127.html

20130801_p8014147r
↑像の後ろにいる人たちは、この日の夜行われる花火大会の写真を撮ろうと陣取っている人たちだ。

20130801_p8014155r_2
↑手前が錨、奥が熊を表しているそうだが、特に熊のほうは、見たときは何を意
味した像なのか、さっぱり分からなかった(^^;。

20130801_p8014150r
↑熊の像の台座にあるプレート
 


 例によって、プレートの内容を読んでみよう。

『北海道第一歩の地

 明治維新後 函館は名実共に北海道の門戸となった。
そして北海道の地を踏む者が その第一歩を印したのは
この東浜桟橋である。

 後に若松町に鉄道桟橋ができてからは旧桟橋とも呼ばれた。
国道四号線が認定されるや 北海道の道路の基点として
ここに道路元標が建てられた。

 明治百年を迎えるに当り 此地に記念碑をたてて 開拓に
渡道した先人の足跡をしのぶ。

 昭和四十三年十一月三日


 寄贈 日本中央競馬会』

(つづく)


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2014年3月 8日 (土)

第363段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (13)~新島襄ブロンズ像

 オートバイはそのままに、引き続き “金森赤レンガ倉庫 ”付近を散策中です。

 昨日の
 第362段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (11)~函館 赤い靴の少女像 で紹介した “赤い靴の少女像”近くの港側に “新島襄ブロンズ像”がある。
 なんか函館には、このようなパブリックアートが多い印象だ。 “赤い靴の少女像”もそうだし、函館駅前のモニュメントもそうだろう(
第356段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (6)~JR函館駅 参照)。

 20130801_p8014039r

20130801_p8014030r


 これも観光客であまり気にとめる人はいないのかもしれないけど…。

 像のタイトルは、上図の通りで、

  “未来への始まり-海原-  
               2002

         作  峯田敏郎

 新島 襄 (1843-90)”

 と書いてある。

 
  後に同志社英学校(現在の同志社大学)を創設したことで知られる新島襄が、海外見
聞するため、鎖国中であるにもかかわらず、1864年、箱館から密出国するべく、一艘の小舟に乗り込んで、湾内に停泊するアメリカ商船ベルリン号に向かう姿を現している…、そうである。

(つづく)


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2014年3月 7日 (金)

第362段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (12)~函館 赤い靴の少女像

 オートバイはそのままに、引き続き “金森赤レンガ倉庫 ”付近を散策中です。

  現在は閉館してしている“はこだて西波止場美術館”前の広場に、野口雨情作詞の童謡『赤い靴』に登場する少女「きみ」ちゃんの像が建っている。
 もっとも他の観
光客が興味を引くものではないらしく、この写真を収めているのも、そのときは、私だけだったけど。。。
http://jin3.jp/kimi/hakodate.htm
http://www.hakobura.jp/db/db-view/2013/04/post-228.html

 1903年(明治36年)、母親のかよさんと共にきみちゃんは、静岡県から函館へ移住している。その後、かよさんは留寿都村の農場に入植したが、病弱だったきみちゃんはアメリカ人宣教師に預けられ、ここ函館が母子の別れの地になっている。

 そのあたりの詳しい話は、すでに以下のページで紹介しているので、興味があったら参考にされたい。


第231段: 2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (9)~道の駅230ルスツにて
第232段: 2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (10)~道の駅230ルスツにて
第233段: 2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (11)~赤い靴公園
第234段: 2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (12)~赤い靴公園

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↑函館の “赤い靴の少女像”

20130801_p8013998r
↑童謡『赤い靴』が彫られた碑

20130801_p8014001r

↑碑の裏面側。2009年(平成21年)8月7日に建立されたとある。

(つづく

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2014年3月 6日 (木)

第361段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (11)~はこだて明治館

 オートバイはそのままに、引き続き “金森赤レンガ倉庫 ”を散策中。

  昨日
第360段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (10)~はこだて明治館 において、 “はこだて明治館” を紹介した。

  “はこだて明治館”は、1Fに硝子明治館、オルゴール明治館、テディベアショップなどが入っている。
 2Fには、改装中だったが、テディベア・ミュージアム(どんなものかよく知らない。有料。)とジブリグッズを扱う店があった。
http://www.hakodate-factory.com/meijikan/

 この中を見て回っているうちに、ビールグラスが欲しくなり、思わず買ってしまった(^^;。

第156段:北海道の土産(泡立ちぐらす) 
参照)


 ここでは、前日までに予約が必要だが、手作りオルゴールの製作体験コーナーやサンドブラスト体験工房がある。

 特にお子様には、よい経験と思い出になるかもしれない。

20130801_p8014058r_2

↑ “はこだて明治館”の近くにあった看板。ちょうど中央付近に “はこだて明治館”が描かれている。

(つづく)


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2014年3月 5日 (水)

第360段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (10)~はこだて明治館

 オートバイはそのままに、引き続き “金森赤レンガ倉庫 ”を散策中。

 喉が渇いたので、函館西波止場で、函館のご当地サイダーが自動販売機で売っていて、飲んだ。
 函館の地下水を使っているとか。冷えていて確かにうまい。通常のジュースよりちょっと高くて、200円也(第153段:北海道の土産(ハコダテニキテクダサイダー)
参照)。

 その後、徒歩で “はこだて明治館 ”へ移動する。ここは元は旧函館郵便局舎。
 全体が蔦?か何かの植物に覆われていて、趣がある。

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 例によって、立て看板の説明書きを読んでみよう。

『旧函館郵便局舎

 北海道に郵便制度が発足したのは、明治5年(1872年)であり、北海道で最初の函館郵便役所が元大町の海関所(出入りの船舶、旅人、積荷の検査などを行った役所)内に開設されました。

 その後、大町に庁舎が建設され、同8年(1875年)函館郵便局と改称後、幾度か移転し、現在の建物は明治44年(1911年)に完成したもので、約50年にわたりこの庁舎で業務が行われました。

 昭和37年(1962年)に民間に払い下げられましたが、明治の洋風建築として、函館に残る代表的な建物の一つです。
                                                                           函館市


(つづく)


 
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2014年3月 4日 (火)

第359段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (9)~金森赤レンガ倉庫

 オートバイはそのままに、引き続き “金森赤レンガ倉庫 ”を散策中。

  誰も気にもしないとは思うのだけど。。。

 “金森赤レンガ倉庫 ”前にあるベンチ。

 足のところをよく見ると、操舵輪の形になっている。

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 港町函館ならでは、というところでしょうか。

(つづく)


 
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2014年3月 3日 (月)

第358段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (8)~金森赤レンガ倉庫

 オートバイはそのままに、引き続き “金森赤レンガ倉庫 ”を散策中。

  “金森赤レンガ倉庫”の外観は、昨日書いた通り(
第358段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (8)~金森赤レンガ倉庫 参照)。

 その内部は、アクセサリーや雑貨などを扱う土産物店が多い。
http://www.hakodate-kanemori.com/shop/

 何か土産になる物は、と思って見ていると、面白い店があった。
“函館クリスマススクェア”といって、1年中クリスマスグッズを売っている。

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↑“函館クリスマススクェア”の店先にいるサンタ。夏に見ると、ちょっと暑苦しい(^^;

横浜にも同じコンセプトの店があるとか聞いたことがあるので、それほど珍しくはないのかもしれない。

(つづく)

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2014年3月 2日 (日)

第357段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (7)~金森赤レンガ倉庫

 JR函館駅前で駅舎をバックにオートバイの写真を撮った後、 “金森赤レンガ倉庫”へ移動する。
 オートバイは、倉庫近くの通行の邪魔にならないところに停めさせてもらった。

 函館の観光名所と言っていい、“金森赤レンガ倉庫”。
 大分県出身の実業家、渡邉熊四郎が明治時代に創設した「金森洋物店」が起源。現在は、ショッピングモール、ビアホール、レストランなどが入っている。

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↑金森赤レンガ倉庫近くにある七財橋

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↑七財橋より金森赤レンガ倉庫群を撮る。背景の山は、言わずと知れた函館山

(つづく)


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2014年3月 1日 (土)

第356段:北海道ツーリング記(2013/8/1) (6)~JR函館駅

 オートバイのところに戻ってきた。現在13:37。

 さて、今日は、函館のライダーハウスに泊まることにしよう。

 以前は大沼にある東大沼キャンプ場まで行っていた。無料だから。
 でも、函館からはちょっと距離がある。約30kmちょっとだろうか。
 夕方まで函館を見物してから、キャンプのためにその距離を走るのは、ちょっと嫌だし。

 お風呂は雑誌『HO』を利用して、400円で入れる「KKRはこだて」にしよう。湯の川温泉街だ。

 あとは夕方まで回れるだけ、函館を回る。

 まずは、JR函館駅だな。いつもの写真を撮影するため、13:57出発。

 駅のスタンプを押したあと、函館駅前で写真を撮る。

 旅に出ると、無論全ての駅ではないけど、駅舎をバックにオートバイの写真を撮るのが、私の習慣。

 まぁ、どこに行ったのか、という証拠にもなるし。

 今日から函館で港まつりが開催されるため、いつもより観光客が多いように感じる。
 JR函館駅前のモニュメントの前で写真を撮る人が多い。

 ちょうどその列が切れたところで、
オートバイを手で押して移動。すばやく写真を撮る。

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↑JR函館駅


 人を避けるため、日にち的にもう少し早く函館に来ればよかっただろうか。
 いや、だめだ。


 7/27(土)・28(日)に、人気
ロックグループ『GLAY』の野外コンサートが緑の島野外特設ステージであって、ファンの人でものすごい人だかりだったという

 そのときよりは、人は少ないはずなのだ。

(つづく)


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