カテゴリー「2013GW 山口県ツーリング」の記事

2013年8月28日 (水)

第171段:山口県ツーリング記(2013/5/5)~東京港フェリーターミナル到着

 午前5時、腕時計のアラームで起きる。

 さて。下船の準備だ。

 ほとんど準備ができたところで、窓の外を見ると、すでに東京港に入港している。
 ゲートブリッジを通過した後だった。

 デッキに出て、ゲートブリッジや遠目に見えるスカイツリー、東京ビッグサイトの写真を撮る。

20130505_p5052540r
↑東京ゲートブリッジ

20130505_p5052548r
↑左に東京ビッグサイト、右後方の針のような建物がスカイツリー

20130505_p5052552r
↑係留作業中


 6:20頃。ほぼ定刻に下船指示のアナウンスが流れる。

 6:28東京に上陸。

 東京港フェリーターミナルに一度バイクを停める。2Fに行って、乗ってきたフェリー“おーしゃんさうす”を写真に収めた。


20130505_p5052557r
↑ オーシャン東九フェリーの“おーしゃんさうす”

20130505_p5052563r
↑東京港フェリーターミナル前にて


 後は家に帰るだけ。
 でも、まだ午前7時前だ。今からすぐに家に帰ったら、早すぎる。

 あっ。そうだ。ここはお台場。最近人気のスポットである “ある場所 ”に行きたいと前から思っていた。

 その話は、今回のツーリングとはちょっと関係がないので、次回以降にするとして、山口県ツーリング記は、今回で終了です。

 なお、このツーリング記は、

 
第59段:山口県ツーリング記(2013/4/26)

より始まっています。

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2013年8月27日 (火)

第170段:山口県ツーリング記(2013/5/4)~オーシャン東九フェリーにて

 7:30頃起きる。
 

 トイレ、洗顔のあとでラウンジの「おーしゃんぷらざ」へ行くと、窓際の2人席が空いているので、すかさず陣取った。今日はここに居座ることにしよう。

 朝食を取ったり、昨日の日記をポメラでつけていると、ほどなく船内にアナウンスが流れる。

  『まもなく徳島港へ入港します…』

 あれっ。もうそんな時間だったのか。

 予定によると、徳島港へは、9:30着。2時間滞在し、11:30出航となっている。


20130504_p5042536r
↑徳島港にて。車両(主にトラック)の乗船、下船のため、船首のハッチが開かれた。


 車両甲板が開放されるため、船員に徳島では下りないが、車両甲板に行ってもよいか尋ねると、よいということなので、バイクのところまで忘れ物を取りに行く。

 熱いお茶を入れておくためのポット(水筒)と船内で読む小説を取りに行った。

 徳島港では、GWを四国で過ごした人が多く乗ってきていた。

 乗船しているフェリーは、オーシャン東九フェリーのカジュアルフェリー “おーしゃんさうす”。 2等寝台しかないフェリーだ。

 レストランはなく、「おーしゃんぷらざ」というラウンジに各種自動販売機、給湯器、電子レンジ、紙コップ、割り箸、スプーン、調味料などが備え付けられている。

 自動販売機は、ジュース、ビールなどの飲み物系の他、カレーライスやスパゲッティ、カップメンなどの食べ物系、つまみやお菓子、アイスクリームなどがある。

 一応、食料の用意がなくても大丈夫だけど、船内で2泊することを考えると、その間ずっと上記のような食材では味気ない。

 ということで、船内で食べるものは、事前にスーパーなどで買い込んで、持ち込むのがいい。

 「おーしゃんぷらざ」には、テーブルと椅子があるので、ここで食事ができる。その横の通路にも2人掛けのテーブルがあり、ここは窓際なので、外の景色が楽しめる。

 私が陣取っているのも、この場所だ。

 今日一日、ここでポメラで日記を付けたり、小説を読んだりしてゆっくり過ごした。

 22:40頃就寝。(つづく)

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2013年8月26日 (月)

第169段:山口県ツーリング記(2013/5/3) (16)~新門司港フェリーターミナルへ

20130503_c2
↑関門橋。 コンパクトデジカメをハンドルに固定して撮影したビデオからキャプチャーしたもの。



 地図によると、関門橋を渡ったあと、「新門司IC」が新門司港フェリーターミナルにいちばん近い。ここで降りれば、18時過ぎにはフェリーターミナル着けるだろう。。。

 ところが、である。

 新門司ICがない!

 門司ICを過ぎて、次が新門司ICのはず。

 ところが、標識では次のICが小倉東ICとなっていた。

 新門司ICからは降りられなかったのか? 
 所謂ハーフインターチェンジってやつ?

 それは、知らなかった。

 高速道路なので、当たり前だが、Uターンできない。

 仕方ない。かくなる上は小倉東ICまで行き、県道25号を北上して新門司港フェリーターミナルに行くしかない。

 スピードを上げる。
 セローのエンジンがうなりをあげる。
 セローには、かわいそうだが、もう少しだけ頑張れ。

 ようやく、小倉東ICに到着。すぐに県道25号を北上する。

 フェリー乗船に間に合うか。フェリー出航は19:00だ。車両が乗船できるタイムリミットは、出港の何分前なんだろう?

 新門司港フェリーターミナルには、18:25頃着いた。辺りに車やバイクはない。すでに乗船しているのだ。

 車の誘導をしている係員さんに訊く。

 『まだ間に合いますか?』

 『ここにバイクを停めて、急いで2階の受付で手続きしてきて。』

 ということは。どうやら、ぎりぎりまだ大丈夫だったらしい。(^o^)ホッ

 乗船名簿に必要事項を記入して、窓口に持っていく。
 ここで少しおかしなことがあった。

 『26,930円です。』
 係の女性が言う。

 クレジットカードを渡すが、値段が変だ。

 私:『これ復路の値段ですか?』
 確か往路もこの値段だったはず。往復利用のときは、復路が割引になったはずだ。

 私:『今回のは、往復の復路なんですけど?』

 係:『何かそれを証明するものがありますか?』

 私:『証明?』

 係:『往路の乗船券の半券とか。』

 ああ、それなら持っている。通常は、半券は下船時に回収するものだ。往路のフェリーで徒歩の乗客は回収したようだが、車、バイクの方は回収しなかったのだ。

 半券を渡すと、値段が変わった。
 係:『25,470円です。』

 往路は、旅客運賃17,710円(2等寝台込み)+バイク料金9,220円。計26,930円。

 復路は、バイク料金は変わらない(往復割引にならない)が、旅客運賃は16,250円となる(燃料費等の影響で、明確に10%割引になっていない。)。


 それにしても。
 往復利用する客の情報ぐらい、会社の端末に入れていないのだろうか?
 予約した人には、予約番号を出し、その番号を乗船名簿に書いているというのに。

 予約開始日が異なるため、往路と復路を別々の日に予約するのは仕方ない。しかし、予約をするときに、これは復路の予約かどうかくらいの確認をして、それを端末に入れておくべきではないのか?

 今時、そういう旅客の予約情報を一元管理できていないことは驚きだ。もし、半券を持っていなかったら、どうなっていたんだろう。

 まぁ、恐らく端末をたたいて確認してくれたとは思うのだけど(でも、復路であることの証拠はお客側に求めてきていたなぁ。ということは、オーシャン東九フェリー側では往復利用者の把握ができないのだろうか?)。

 受付を済ませて、バイクのところに来ると、すぐに乗船券の半券が係員さんにもぎ取られ、乗船するように言われた。


 18:35。乗船。出航25分前というきわどさだった。
 相変わらずの “綱渡り人生 ”である。

 乗ったフェリーは往路と同じ “おーしゃんさうす”だ。

 乗船用の(船内で使用する)荷物のパッキングを十分にしていなかったので、それをまとめるのに手間取った。

 急いでいたので、土産物類はバイク荷台の荷物の上に網で押さえつけているだけだった。

 バイクに残しておく荷物と船内に持って行く荷物を整理し、ようやく車両甲板のC甲板から客室のあるB甲板に上がってきたのは、出航の10分くらい前。


 割り当てられたベッドは、予約時に確認した通り、下段だった。ベッドメーキング(シーツ敷くだけだけど)を終えた頃には、フェリーは出航していた。


 一気に脱力である。

 きわどかった。フェリーに乗り遅れたら洒落にならない。


 今日は暑くて相当汗をかいた。特にバイクを下りて歩いていると、暑かった。

 このまま寝てしまいそうだが、風呂に入る。フェリー内の大浴場はちょっとぬるめのお湯だった。

 風呂から出てきて20:30くらい。


 ラウンジの「おーしゃんぷらざ」には、あまり人がいなかった。窓際の2人席を陣取る。

 夕食は、下関の寿司屋で買ったバッテラ、サラダにビール。バッテラはすごくおいしかった。ここ(下関の浜寿司)のお寿司は当たりだな。次回(があるかわからないけど)もここで買おう。


Imgp1787r
↑下関 浜寿司の「サバ炙りバッテラ」 380円 を中心とした、本日の夕食。


 

 もう、今日は疲れたので、寝る。 23時頃就寝。(つづく)
(67698.0km)(1日の走行距離172.2km) (4/26の出発から618.4km)


【後日談】

オーシャン東九フェリーのHPには、フェリーのりばの案内がある。
http://www.otf.jp/terminal/kitakyusyu/

“北九州(新門司)のりば ”の記事には、以下の記述があった。

>■ 山陽自動車道・中国自動車道 山口・広島方面から

>九州自動車道 門司ICを降り、一般道方面へ
>門司インター交差点を左折後、黒川交差点を左折。県道25号線を
>直進(約4km)。  (…以下略)



・・・・・・・・事前確認が大切、ということですね(^^;



にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2013年8月25日 (日)

第168段:山口県ツーリング記(2013/5/3) (15)~新門司港フェリーターミナルへ

 旧秋田商会ビルと県道57号を挟んだ対面に「下関異人館」がある。「旧下関英国領事館」を改装したコーヒーハウスがある、ということなのだが、2009年2月28日で閉店してしまった。

 建物は、改装中のため、フェンスで囲まれていて、外観写真を撮ることもままならない。

 これはこれで、仕方ない。フェリー内で食べる食材を買って、新門司フェリーターミナルに向かおう。

 バイクのところに戻ってきた。

 バイクは下関警察署唐戸警察官連絡所のすぐ横(!)に停めていたりする(^^;。

 バイクを停めた目の前に、「浜寿司」という寿司屋があった。


20130503_p5032532r
↑浜寿司。 写真左奥のフェンスで囲まれている建物が、改修中の旧英国領事館。



 「サバ炙りバッテラ380円」の幟(のぼり)が見える。

 これは安いし、夕食によさそうだ。買っていくことにする。

 中に入るとカウンター席だけのお寿司屋さんだった。雰囲気はいい感じだ。こんなカウンター越しに座って寿司を注文して食べるなんてこと、したことないなぁ。寿司というと、回転寿司?(^^;   北海道に行くと、回転寿司でも十分おいしい。

 それは、さておき。注文してしばらく待つと、パックに入ったできたてお寿司を持ってきてくれた。

 また、この近くの土産物屋で、実家用の土産を買うことにした。

 下関というとやはり “フク(フグのこと)”。フク関連の土産を3つ買った。

 さて、夕食(バッテラ)は手に入れても、他の食材がまだだ。

 現在17:20くらい。

 18時には、新門司港のオーシャン東九フェリーのフェリーターミナルに到着していないと。

 まだまだ下関にも見たいところがたくさんあったが、タイムアップだ。

 下関ICから中国自動車道に入って関門橋を渡り、新門司に向かおう。

 ICに入る前に食材を買っておかなければ。県道57号に入ってコンビニを探すが、なかなかない。右に曲がれば下関ICというところを直進し、さらにコンビニを探すと、セブン-イレブンが反対車線側にあったので、ここに入る。

 おにぎり2個、サラダ、パン、スナック菓子、ビール2本(350mL一番搾り、500mLクリアアサヒ)などを買う。

 現在17:45くらい。

 こりゃ、フェリーターミナルまでぶっとばさないと。と言っても、キャンプ道具満載のセローは、そんなにスピードが出ないんだけど(^^;。 頑張ってくれよ、セロー。

 下関ICへ入り、新門司に向かう。関門橋を渡る。

 こういう大きな橋を渡るのは気持ちがいい。

 本当は壇之浦PAに立ち寄りたいところだが、時間がないのでスルーする。

 まぁ、高速道路に入ったのだし、間に合うだろう。

 しかし。

 この後、自分はとんでもない勘違いをしていたことに気付くことになる。

 それは次回へ(つづく)。


にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2013年8月24日 (土)

第167段:山口県ツーリング記(2013/5/3) (14)~下関南部町郵便局

 旧秋田商会ビルから出て、現在17時。

 その左隣に日本最古の現役郵便局、『下関南部町(なべちょう)郵便局』がある。


 20130503_p5032525r
 ↑下関南部町郵便局

 例によって、建物前にある説明書きを引用させてもらう。

『 日本最古の現役郵便局舎

 下関南部町郵便局


 下関に残る洋風建築物として最も古いこの建物は、明治33年(1900年)に当時の赤間関(あかまがせき)郵便電信局がこの地に新築移転した時のものである。

  この局の前進は、郵便創業の明治4年(1871年)に設置された赤間関郵便取扱所であり、明治8年(1875年)に赤間関郵便局、明治21年(1888年)に赤間関郵便電信局と改称されている。

  この建物の設計は、明治後半期における新建築思想の先駆者として日本建築界に優れた業績を残す逓信(ていしん)省技師・三橋四郎によるもので、わが国で現在使用されている郵便局舎の中で最古のものである。


  概要   レンガ造二階建モルタル仕上げ
        木造瓦葺屋根
        ペデイメント付(新築当時)
  完成   明治33年(1900年)
  改修   昭和58年(1983年)  外装改修
  設計   逓信省(三橋四郎)』


レンガ造りの郵便局なんて、初めて見た。
なかなか歴史を感じさせる建物だけど、今日は祝日で郵便局はやっていないので、中に入れない。

さて。
もう時間だ。郵便局は外から写真を撮るだけに留めておいて、船内で食べる食材を買った後、フェリーターミナルのある新門司に向かうことにしよう。(つづく)

 
にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2013年8月23日 (金)

第166段:山口県ツーリング記(2013/5/3) (13)~金子みすゞ

 『金子みすゞ 詩の小径(うたのこみち)』には、以下のような記述がある。
20130503_p5032519r

『みすゞ詩の小径 (出発点)


 金子みすゞ(本名・テル)は、1903(明治36)年、山口県大津郡崎村(今の長門市仙崎)に生まれました。

 1923(大正12年)、20歳のとき、母の再婚先である下関の上山文英堂書店本店に移り住み、詩を書きはじめました。

 わずか5年間に、万物へのやさしさを込めた512編の作品をつづり、26歳の若さで亡くなりました。その後、長い間埋もれていた3冊の遺稿集が1982(昭和57)年、矢崎節夫氏により発見され、世に広く知られるようになりました。

 ここに、みすゞの詩の世界に思いをはせながら、散策を楽しんでいただくため、南部町周辺のゆかりの地に「みすゞ詩の小径」を開設しました。

 みすゞも出発点となるこの地にたたずむ旧秋田商会ビルの建物をながめながら、南部町郵便局のポストから、雑誌社宛の作品を投稿したことでしょう・・・

 どうぞゆっくりお楽しみ下さい。

             2003年8月
             下関市』


 この説明書きの上部には、

『金子みすゞ詩の小径』散策地図 所用時間60分(移動時間30分)

と書いてある地図がある。

その順路は、

①「金子みすゞ」詩の小径 出発点

②上山文英堂本店跡

③金子みすゞ顕彰碑(寿公園)

④黒川写真館跡

⑤弁財天橋

⑥商品館跡(上山文英堂支店)

⑦詩碑「日の光}

⑧詩碑「夏越まつり」 (亀山八幡宮)

⑨三好写真館跡

⑩「金子みすゞ詩の小径」終着点 唐戸市場前

となっている。

それを巡るのも面白そう、とは思ったけど、いかんせん時間がないので、やめておくことにしよう。

フェリーに乗る時間が近づいている。
先に行こう(つづく)。

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2013年8月22日 (木)

第165段:山口県ツーリング記(2013/5/3) (12)~金子みすゞ

 時間がなくて、よく見られなかったのだが、旧秋田商会ビルの1Fの観光情報センターに、童謡作家 「金子みすゞ」 に関する資料を展示していた。

 実は、自分は金子みすゞに関して、何の知識もなかったのだが、このことを両親に言ったら、彼女のことを知っていた。

 で、後日、自分なりに調べてみた。そうしたら、それほど遠くない過去に、金子みすゞの詩に触れていたことが分かった。

 見たことがある人も多いだろうと思うのだけど。
 ACジャパンのCM、『こだまでしょうか』。
 てっきりこのCMのために作られた詩であると思っていた。



   こだまでしょうか

  「遊ぼう」っていうと
  「遊ぼう」っていう。
 
  「ばか」っていうと
  「ばか」っていう。
 
  「もう遊ばない」っていうと
  「遊ばない」っていう。
 
  そうして、あとで
  さみしくなって、
 
  「ごめんね」っていうと
  「ごめんね」っていう。
 
  こだまでしょうか、
  いいえ、誰でも。



(詩を載せるのは、問題あるかな? と思いましたが、問題ないようです。
 右記のブログ参照:
http://takatoo.blog34.fc2.com/blog-entry-52.html )

 金子みすゞに関する参考HP: 
http://getnews.jp/archives/107491


 旧秋田商会ビルは17時で閉まってしまうため、17時少し前に外に出た。そのビルの前に金子みすゞの碑があった。


20130503_p5032520r
↑上述の碑の隣にある詩 『障子』 の碑。

「金子みすゞ」についての説明は次回へ(つづく)。

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2013年8月21日 (水)

第164段:山口県ツーリング記(2013/5/3) (11)~旧秋田商会ビル

20130503_p5032517r
↑秋田寅之介(向かって右の人物)

 ⇒旧秋田商会ビルそのものの説明は、昨日の 
第163段:山口県ツーリング記(2013/5/3) (10)~旧秋田商会ビル でしているので、その創立者について。
  上記写真は、1階の下関観光案内センターに展示してあったもの。

  このビルを作った秋田寅之介については、以下のように記述されている。

『秋田寅之介(1874~1953)

  秋田商会の創立者・秋田寅之介は、宇部の大庄屋・秋富家に生まれ、19歳のとき、秋田家から懇願されて養子に迎えられました。

  寅之介は、持ち前の機敏さと積極・豪胆さをもって事業を拡大し、木材販売・海運業など事業を軌道に乗せ、日露戦争後は、大陸へも進出しました。

  特に、大正4年(1915)、西日本で最初の鉄筋コンクリート造りの当建物を建設するなど、進取の気性に富んでいました。一方、明治43年(1910)からは、下関市議会議員、大正6年(1917)からは衆議院議員として、政界でも活躍しました。

  こうした多忙な生活のなかにも、社業の繁栄は、社員・家族の融和が第一であるとし、運動会や松茸狩りは、関係者一同が参加のもと催されるのが恒例でした。』



20130503_p5032504r
↑足踏み式オルガン
  オルガンの上にある説明書きには、以下のような記述がある。

  ⇒『寅之介の長女・梅子が少女時代から使っていたもの。

  鍵盤の上、真ん中あたりに模様がある。これは、楽器メーカー・ヤマハの国内外での受章(受賞)歴を示した(メダルを図案化した)もので、明治39年(1906)の受章以降のものがないことから、それ以降の製造であることがうかがえる。

  秋田商会の創立は、明治38年(1905)なので、創立後比較的早い時期に購入されたものであろうと推測される。』 



20130503_p5032506r
↑額縁で飾られているのが、秋田寅之介の肖像写真

20130503_p5032507r
↑3階大広間
  以下説明書きを引用させてもらう。
 
 ⇒『本来は20畳の間ですが、隣室との間の敷居を取り外して、間仕切りを変えることにより、36畳の広間として利用できます。さらに、奥の間との敷居を取り外すことにより、最大52畳の大広間として利用できるよう工夫が凝らされています。また、電灯の高さも自由に調節でき(現在この部分は天井裏に保管している。)、大正初期としては、いろいろな面で斬新な工夫た凝らされています。
  また、和風の書院の間を作るために、コンクリート柱を置かずに、梁と壁だけで、天井を支えているのも特徴的です。』 




 という感じで、鉄筋コンクリート造りでありながら、内部は和の空間がある。当時としては、かなり斬新な建物だったようだ。

 さらに屋上には、庭園があるということだが、一般公開はされていない。(つづく)



にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2013年8月20日 (火)

第163段:山口県ツーリング記(2013/5/3) (10)~旧秋田商会ビル

20130503_p5032499r_2
↑旧秋田商会ビル

 外観はコンクリート。なかなか歴史を感じさせる建物だ。屋上に植物が見える。
 例によって、扉脇にある説明書きを引用させてもらおう。

『旧秋田商会ビル

  旧秋田商会ビルは、大正3年(1914年)に着工し、翌4年に竣工した鉄骨鉄筋コンクリート製の建築で、地上三階、地下一階、塔屋付き、屋上には日本庭園と茶室がある。

  内部は一階を洋風の事務所空間、二階および三階を格調高い書院造住宅としている。

  西日本で最初の鉄筋コンクリート造の事務所建築であるとともに、わが国に現存する同種建築としては最古級のものである。

  
  豪快な付柱や幾何学模様を応用した柱頭飾り、ドーム型の屋根と円筒形の張出部で構成された塔屋、一階内部の円柱など、実用間もないコンクリート技術を駆使した優れた意匠や、塔屋とともに独特な外観を形成する日本初の屋上庭園、防火壁や鉄製の防火扉、和室の稼働式間仕切りなど、随所に見られる独創的な工夫が、この建築の先進性を物語る。

また、幸いにも外観・内部ともに後世の改変が最小限で、ほぼ建築当初の姿を保っている。

  そのため、この建築はわが国を代表する近代建築として、高い文化財的な価値を有するとともに、近代下関の建築文化の先進性を立証するものである。

  なお、秋田商会は日露戦争末期の明治38年4月1日の創立、主に木材取引などの商社的な活動と海運業を営み、最盛期には台湾・朝鮮半島・満州にも進出した港湾都市下関を代表する企業であった。

創立者の秋田寅之介は、市議会議員や衆議院議員を歴任し、当地の政界や経済界において重きをなした。

  彼の斬新な発想から誕生したユニークな外観と内部構造を持つこの建物は、南部町郵便局、旧英国領事館などと唐戸地区の歴史的な景観を形成するとともに、現在も下関のランドマークとしての役割を果たしている。』


 内部の見学は無料だが、時間が9:30~17:00までだ。
http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/kanko/frame/arekore_rekisi_akita.html

 閉館まで、あと20分くらいしかない。

 ここの1階は下関の観光情報センターになっている。
 中に入り、見学をしたい旨を言うと、快く通してくれた。土足厳禁なので、スリッパに履き替える。
 内部については、次回へ。(^^;
 (つづく)

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

2013年8月19日 (月)

第162段:山口県ツーリング記(2013/5/3) (9)~下関へ

 さて、もうそろそろ新門司に向けて出発しないと。

 最後にもう一度「道の駅 萩往還」でトイレに寄ってから、まず下関に向かおう。

 「道の駅 萩往還」は祝日のため、車とバイクでごったがえしていた。バイクの停めるところすらない。仕方ないので、トイレ近くで人の通行の邪魔にならないところに駐車した。

 ここで、実家用の土産がないか探したが、よいのはなく、買わなかった。

 ただ、萩焼きのアウトレットを売る出店があったので、そこで自分用にコーヒーカップを買った(1,000円也)。

 店の人に訊くと、アウトレットでなかったら、値札の3倍くらいはするという。恐らく嘘ではないだろう。萩焼きは高いものだ。買ったコーヒーカップはどこが悪くてアウトレット品になったのか、素人にはよく分からない。まっ、いっか。それだけ使う分には問題ないってことだから。買ったカップをツーリングバックに入れる。13:41出発。

 14:05。R262沿いの休憩施設に到着。ここは、
第105段:山口県ツーリング記(2013/5/1) (14) で書いた通り、4月30日に野営をした場所だ。

 テントを張った場所を探したら、あった! 置き忘れてきたペグ8本がそのまま。掃除をされることはなかったらしい。助かった。

 ここで、夏みかんのソフトクリームを食べる。230円也。ちょっと量が少ない。けど、味はまぁまぁ。

20130503_p5032494r
↑夏みかんソフト。量が少ないよね。

 14:30出発。

 16:30。約2時間休みなしで下関に着いた。祭りをやっている。
 5/2~4まで海峡まつりというのやっていて、人出がすごい。カモンワーフの近くのスペースにバイクを停めさせてもらう(ところが、ここは下関警察署唐戸警察官連絡所のすぐ横だったりする(^^;)。連絡所の反対側には、ミニストップがあり、その前には、自転車やバイクが停まっていたので、ここに停めればよかったのか。

 その斜め向かいに旧秋田商会ビルがある。何がどういうものかはよく知らない(^^;。ただ、昭文社刊ツーリングマップル中国・四国編の2011年4版におすすめスポットとして載っているので、これは見なければ。(つづく)

にほんブログ村 バイクブログ バイク旅へ
にほんブログ村

より以前の記事一覧

日めくりカレンダー

2016年10月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

ブログ村

ブログランキング

アクセス解析

無料ブログはココログ

Google Analytics