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2013年10月

2013年10月31日 (木)

第235段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (13)~熱唱 細川たかしの像

 道道66号沿いの “道の駅真狩フラワーセンター ”に17:00頃到着。ただスタンプを押すために立ち寄っただけ(^^;。

 この道の駅には、国民的演歌歌手 細川たかしの展示コーナーがある。

 真狩村は細川たかしの故郷なのだ。
 

 ここまで来たら、細川たかし像を見ないわけにはいかない。

  真狩川河川公園内の川のほとりに細川たかし像がある。ここには、2007年夏、後方羊蹄山(しりべしやま)に登ったときに来ているが、もう一度見に行こう。

 道の駅を17:12出発。

  真狩川河川公園には、17:25頃到着した。ほとんど人がいない。

 盆のシーズンを外していることと天気が悪いこと(また小雨が降り出した)、さらに時間が遅いからだろう。

  昼間ならひっきりなしに観光客が来るはずだ。何といっても、像から徒歩1分のところに大型観光バス2台が停まることができる駐車場があるのだから。

 この像の前で、お約束の像と同じポーズの写真を撮った(ブログには載せないけど(^^;)。

 また、この銅像は歌うのだ。台座に手を触れると曲が流れるようになっている。

 曲は全部で5曲。5曲とも聞いてしまった。

 「心のこり」
 「メッセージ」
 「北酒場」
 「浪花節だよ人生は」
 「矢切の渡し」

 真狩村周辺と細川たかし像の写真は ひろさん のブログ  “Little World ”にも出てきます(ひろさんには事前にリンクの許可を得ています)。

http://cubtabi.blog.fc2.com/category13-4.html


 さて。それでは、次回以降、全曲聞いていただきましょうか。
 デジカメで映像を撮影してきましたので。



20130728_p7283169r
↑熱唱 細川たかしの像
  天気が良くないので、背景は雲で真っ白。
  天気が良ければ、背景に後方羊蹄山が見える。



20130728_p7283172r
↑像の台座にあるパネル
  それぞれの手形に手を触れると曲が流れる。
  曲が流れる時間は、9時~18時まで。


 (つづく)

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2013年10月30日 (水)

第234段: 2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (12)~赤い靴公園

  第233段: 2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (11)~赤い靴公園  の続きです。

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  赤い靴公園の全体は以下のような感じ。

20130728_p7283158r
↑赤い靴公園 地面に文字通り「赤い靴」が描かれている。 中央奥にあるのが、「母思像」。 像の右側(少し離れているが…)にあるのが、 “留寿都開村記念碑”。

20130728_p7283166r
↑童謡「赤い靴」 母思像

 きみちゃんがひとりで寂しい感じがする像だが、 第231段: 2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (9)~道の駅230ルスツにて  で書いたように静岡県日本平には、きみちゃんが母親と一緒にいるという像が建立されている。

 さて、一通り写真も取ったし、出発しよう。
 16:40出発。
 来た道を少し戻って、道道66号を真狩・ニセコ方面へ向かう。

(つづく)


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2013年10月29日 (火)

第233段: 2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (11)~赤い靴公園

 第231段: 2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (9)~道の駅230ルスツにて  で

  >留寿都村の市街地にある「赤い靴公園」には6歳の頃のきみちゃんを想像した『母思像』が建ち、…

 と書いた。道の駅に飾ってある留寿都村の地図を見ると、ここ “道の駅230ルスツ ”からさほど離れていない。

 ここは乗りかかった船。普通の観光客なら見向きもしないだろうけど、見に行きますか。。。

 R230(国道230号)をそのまま洞爺湖方面に行くと、すぐ真狩方面へと通じる道道66号との分岐にさしかかる。ここは右折しないで、そのまま直進すると、ほどなく「赤い靴公園」がR230沿いの右手に見えてくる。

 といっても、すぐに分からなかった。別に遊具があるわけではない。記念碑ときみちゃんの像があるだけだ。その公園の隣には、随分と立派な公衆トイレがある。このトイレの方が目立つかもしれない。
 そのトイレの脇にセローを停めた。


 記念碑というのは、 “留寿都開村記念碑”。
 台座のプレートには、以下の記述がある。

  『留寿都開村記念碑

  留寿都村の開拓は、明治4年(1871年)に東久世長官の命により、3戸が移住してきたことによりはじまる。その後、明治30年(1897年)7月1日に虻田村より分離、この場所に真狩村戸長役場が建てられた。

  当時の真狩村は、現在の留寿都村、真狩村、ニセコ町、喜茂別町を含む広大な地域であり、その中において留寿都村は行政の中心的役割を担った。そして、明治34年(1901年)に狩太村(現在のニセコ町)、大正6年(1917年)に喜茂別村(現喜茂別町)、大正11年(1922年)に真狩別村(現真狩村)をそれぞれ分村した後、大正14年(1925年)に村名をアイヌ語の「ル・スッ(道が山のふもとにあるという意味)」から、留寿都村と改称し現在に至る。

  厳しい風雪に耐え、幾多の苦難に対峙しながらも、秀峰羊蹄山に見守られ豊かな自然の恵みを受けて、ふるさと留寿都村は農業と観光の地として発展を遂げてきた。

  開村100年を迎えるにあたり、郷土の礎を築いた先人たちの偉業を称え、村の歴史を支えてきたこの地に祈念の碑を建立する。』

 ルスツの村名の成り立ちなどは、道の駅230ルスツで得た知識と同じだ(当たり前だが)。

20130728_p7283146r
↑ルスツ開村記念碑
 因みに後方の建物は、随分立派だが、公衆トイレである。

(つづく)

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2013年10月28日 (月)

第232段: 2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (10)~道の駅230ルスツにて

 前回の 第231段: 2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (9)~道の駅230ルスツにて » において、

>   留寿都村の市街地にある「赤い靴公園」には6歳の頃のきみちゃんを想像した『母思像』が建ち、また「ルスツふるさと公園」にはきみちゃんの母岩崎かよをモデルにした『開拓の母像』が建っています。

 と記述した。

 ルスツふるさと公園というのは、道の駅230ルスツのすぐ裏にある。
 そこにある像というのが、以下の写真だ。

20130728_p7283143r
↑ルスツふるさと公園

20130728_p7283141r
↑開拓の母像
  モデルは、童謡『赤い靴』の女の子きみちゃんの母親 岩崎かよ。


 ちょっと長居をしてしまったな。
 16:22、道の駅230ルスツ出発。

(つづく)

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2013年10月27日 (日)

第231段: 2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (9)~道の駅230ルスツにて

今回も  第230段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (8)~道の駅230ルスツにて » の続きです。

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 3枚目のパネルです。

 『開梱のはじまり

   留寿都で本格的な開梱を始めたのは橋口文蔵で、明治20年、虻田村シリベツの国有未開地約603haを借り受け、橋口農場を開きました。

   アメリカに留学し機械化された大農場を見た橋口は、北海道でその夢を果たそうとしましたが、叶いませんでした。しかし、留寿都開拓の第一歩を印しました。

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  童謡「赤い靴」の里

   童謡「赤い靴」   作詞 野口雨情   作曲 本居長世

    赤い靴 はいてた 女の子
      異人さんに つれられて いっちゃった

   この歌が発表されたのは大正11年(1922年)のことです。
   この女の子「きみちゃん」の母親岩崎かよは明治38年(1905年)、留寿都村の泉川地区に開設された平民社農場に入植しますが、この時3歳だったきみちゃんを開拓地に連れて行くのは無理と考え、泣く泣くわば娘をアメリカ人の宣教師に託しました。

   このことを札幌で知り合った野口雨情に話しをしたことから生まれた歌です。

   きみちゃんは、9歳のとき東京の孤児院で短い生涯を閉じました。

   留寿都村の市街地にある「赤い靴公園」には6歳の頃のきみちゃんを想像した『母思像』が建ち、また「ルスツふるさと公園」にはきみちゃんの母岩崎かよをモデルにした『開拓の母像』が建っています。(両像とも彫刻家米坂ヒデノリ製作)

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   澱粉工場と「紅丸」

   留寿都で初めて澱粉が作られたのは明治28年です。その後、明治・大正・昭和と澱粉の需要は増え、また、昭和13年に留寿都で誕生した『紅丸』は、澱粉用の馬鈴薯として、高い収量が見込めたことから、留寿都村のあちらこちらに澱粉工場ができ
ました。

   しかし、昭和30年代から価格の下落や需要が減りはじめ、次第に工場も閉鎖され、現在留寿都村で澱粉製造工場は一軒もなくなりました。』
20130728_p7283117r_2

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  『赤い靴』の童謡は知っているけど、もう少し調べてみる。

 完全な歌詞は、以下のようになる。著作権は発表から50年以上経過しているので、消滅している。ブログに載せても問題はないだろう。

赤い靴 はいてた 女の子
異人さんに つれられて 行っちゃった

横浜の 埠頭から 船に乗って
異人さんに つれられて 行っちゃった

今では 青い目に なっちゃって
異人さんのお国に いるんだろ

赤い靴 見るたび 考える
異人さんに逢うたび 考える

 きみちゃんの母親 岩崎かよ は静岡市清水区に住んでいた。
 きみちゃんは明治37年(1904年)生まれ。きみちゃんが異人さんに連れて行かれる事情は上述の説明書きの通り。
 その異人さんとは、アメリカ人宣教師チャールズ・ヒュエット夫妻。
 上述の説明では、「託した」となっているが、養女に出されたという。

 その後、夫妻は宣教師の任務を終えてアメリカに帰国するが、そのとき結核に冒されていたきみちゃんは、麻布のクリスチャン系の孤児院に残された。

 病気のために長旅は無理、という判断だったらしい(当然船旅だろう)。
 ならば、宣教師夫妻も日本に留まってくれれば、とも思うのだが、結局のところ孤児院に預けられてしまう。
 きみちゃんは孤児院で、母に再会することもなく、寂しく息を引き取る。

 静岡県日本平の山頂には、哀れな命運を辿った親子をもう一度巡り合わせてようということで、『赤い靴』の母娘の像が建てられている。
http://www.nihondairakankou.com/special/akaikutsu.html#

(つづく)

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2013年10月26日 (土)

第230段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (8)~道の駅230ルスツにて

今回も 第229段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (7)~道の駅230ルスツにて の続きです。

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 さらに、2枚目のパネルには、 “アカダモの木とアイヌ伝説 ”と称した読み物?が書いてある。興味深いので、引用してみよう。

  『アカダモの木とアイヌ伝説
  
  国道230号の三ノ原に大きなアカダモの木があり、地域の人たちは神木と崇めていました。このアカダモの道路に出ていた大きな枝を切ったことなどから樹勢が弱まり枯死したため、平成6年(1994年)に根元から切ってしまいました。


  昔、ウスとアブタには多くのアイヌが住んでいた。ある日のこと、1人のアブタアイヌが海岸で、泳いでいる鯨を見つけた。仲間を呼んだが、なかなか捕ることができず、とうとうウスの海岸まで来て、ようやく浜に引き上げることができた。

  それを見たウスのアイヌたちは「われわれの浜でとれたものだから俺たちに渡せ」と言った。

  するとアブタアイヌは「いや、これは俺たちのところから追って来て俺たちが捕ったものだから俺たちのものだ」と言い張った。こんなことがあって、アブタとウスのアイヌは仲が悪くなった。

  この頃、アブタアイヌの首長の1人娘とウスアイヌの首長の息子は、いつの間にか慕しい仲になっていた。二度、三度と会うたびにお互いの愛を確かめあい、結婚しようということになった。二人はこのことを親に話したが、許してはもらえなかった。

  若者は悩んだ末に、ウスを抜け出して岩内の知人に頼むために行ったが会えずに引き返した。

  アブタの娘は、彼がコタンを抜け出したことを知ってその後を追い、三ノ原の「アカダモの木」まで来たが、疲れ果て、ここで三日三晩神に祈りながら待ったが、泣き狂い死んでしまった。ウスの若者がたどり着いて、娘のなきがらを見て大変悲しんだ。

  あくる日様子を見に来た人たちは、そこに若者も娘のなきがらもないのを見て、きっとあの若者は娘を背負い、洞爺湖の底深く沈んだのだろうと言った。

  それからは、ウスとアブタのアイヌは自分たちの争いが、2人の若者の命をなくしたのだと考え仲良くなったということである。
(北海道夜話より)
  
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             』』
Akadamor


  うーん。。。
  神木を枯らしてしまってよかったのだろうか。しかもそれを切ってしまうとは…。


(つづく)

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2013年10月25日 (金)

第229段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (7)~道の駅230ルスツにて

今回も 第228段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (6)~道の駅230ルスツにて の続きです。

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 2枚目のパネルには、以下のような説明がある。

 『本願寺道路の開削とルスツの開拓

  東本願寺の法主巌如上人は、真宗を広めることと北海道の開拓を考え、明治政府に願い出て、明治二年から虻田、洞爺湖の西北を廻り、洞爺を経てルスツを通り中山峠を越えて定山渓、札幌までの開削工事(今の国道230号)を行い、明治四年十月に完成しました。

  道路といっても九尺巾(2.7m)ですから人や馬が通れるだけという狭い道でしたが、箱館(函館)~札幌間の交通は大変便利になり、ルスツやマッカリなど羊蹄山の開拓が進みました。

  
  ルスツに住んだはじめての和人

  本願寺道路が開通した明治四年、開拓使長官久世通禧の命令で、有珠郡の開拓に入っていた旧仙台藩亘理の領主伊達邦成は家臣の阿倍嘉左衛門を星房八や牛坂喜四郎とともに、シンノシケコタン(現喜茂別町字相川)に入植させました。

  この地域に和人が定住した初めです。

  阿倍嘉左衛門ら三戸は小屋を建て、開梱をして農業を営むほか、本願寺道路を利用する旅行者のための駅逓の仕事もしていました。』



20130728_p7283115r

(つづく)

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2013年10月24日 (木)

第228段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (6)~道の駅230ルスツにて

 第227段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (5)~道の駅230ルスツにて  の続きです。

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 松浦武四郎とは? 私も知りませんでしたが。。。

  “ルスツ開拓物語 ”の続きを読めば分かります。

 『松浦武四郎とルスツ

  松浦武四郎は、1858年(安政5年)、「尻別川の河口から、石狩の国勇払に越え、豊平に通じる道路を開くについての調査をせよ」との函館奉行所から指示を受けて、虻田から羊蹄山麓を経て、ルサン(留産)から尻別川東岸をさかのぼり、また喜茂別川にそって峠を越え、豊平に出て、石狩河口の大番屋までを調査しました。

  そして翌年その報告書ともいうべき、「後方羊蹄日誌」(しりべしにっし)を提出しました。武四郎一行はルスツの地をはじめて歩いた和人でした。

  「後方羊蹄日誌」には

  「ルソチ。平野の中雑木原有。其中箬(じゃく)(熊笹のこと)多し。
  過て此処より左えも右えも道有。
  左の道を行時は、シリベツ川すじのフルホク、ルーサンの方よし。
  右の道を行ば、ピン子シリ岳の南の方えさし行て此辺一面薄(すすき)も短くして土は惣(すべ)て赤石土のごとし」

  と書かれており、初めて歴史の中に「ルソチ」すなわち「ルスツ」という地名が出てきたのです。』

  “ルスツ開拓物語 ”のパネルは3枚あるので、続きは次回。

230rusutsu_1r_2
 ↑右上の絵には、 “ケツプネイより羊蹄山を望む(「後方羊蹄日記」より) ”という説明書きが書いてあった(写真ではカットしています)。左上の肖像写真の人物が松浦武四郎。

(つづく)

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2013年10月23日 (水)

第227段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (5)~道の駅230ルスツにて

 R276(国道276号)とR453(国道453号)の分岐で間違えてR453の方に行ってしまい、約7km、往復約14kmのロス。再びR276に入ってR230の分岐で左(R230)に行く。

 15:25。「道の駅230ルスツ」着。
 ここに来て、ようやく雨が止んだ。

  この道の駅に『ルスツ開拓物語』というパネルがある。ちょっと興味深いので、写真に撮ってきた。

20130728_p7283112r

 例によって、引用させていただく。

 『ルスツ開拓物語
  
   「ル・スッ = 道が山の麓にある」

   ルスツという地名のおこり

    むかしむかし、虻田や有珠に住んでいたアイヌの人たちは、尻別川をさかのぼって来る鮭や鱒を捕りに出かけていましたが、そのふみ分け道がここの地(いまの留寿都)を通り、ソリオイ(橇負山)の麓で、ルーサン(留産)と気毛別(喜茂別)に行く道に分かれていました。

    それでアイヌの人たちは、この地を『ル・スッ』(道が山の麓にある)と呼んでいました。』

 北海道の地名、山の名前、川の名前などにアイヌの言葉が使われているのは、御存知の通り。一部、和人の名前が付いた地名(伊達市や月形町など)もあるけど。

 地名の成り立ちを知るのは、面白い、と思う。

 パネルには、続きがある。それは次回へ。

 (つづく)

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2013年10月22日 (火)

第226段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (4)~道の駅フォーレスト276大滝にて

 いや。それにしても。すごい雨だ。途中「美笛滝」の看板が見えたけど、とても停まって見に行けるような状況じゃない。とにかく道の駅へ急ぐ。

 12:30頃。ようやく “道の駅フォーレスト276大滝 ”に到着した。
 しかし、バイクを濡れないで停めておく場所がない。すぐ隣が きのこ王国 という、やはり大きなドライブインなのだが、こちらも屋根付きでバイクを停められそうなところがない。荷物を取り出すのに、屋根がないと濡れてしまう。
 雨足は結構強い。ようやく、道の駅の軒下で雨に濡れないで停められるところを探し、セローを停めた。
 もともとバイクを停めるようなところではないけれど、人の通行の邪魔にはならないし、許してもらおう。

 それにしても、ビショビショである。

 トイレに行くと、ここのトイレは面白くて、地下1Fに下りていくと、ピアノの自動演奏が迎えてくれる。なぜこういうふうにしているのかはよく分からないけど、なかなか優雅だ。
Imgp2057r
↑道の駅フォーレスト276大滝にある自動演奏ピアノ

 道の駅にある交通情報端末のライブカメラで確認すると、倶知安方面は、路面が濡れていない。雨が降っていないか、上がったのだ。
 雨が降っていないなら、野営は可能だ。しかし、やはり同じ端末で、この道の駅(フォーレスト276)付近の天気予報を確認すると、明日、明後日も曇りときどき雨の予報だ。

 0円マップ(2012年版)で確認すると、ニセコ付近には、「ニセコツーリストホーム」というライダーハウスがある。1泊1,500円也。雨が止まないようなら、ここに入ることにしよう


 倶知安付近の雨が止んでいる。キャンプ場で野営してもいいが、明日の天気が気になる。曇り時々雨という天気予報を信じれば、雨が降った場合、当然ながらテントが濡れてしまう。何度も書いているが、雨に濡れたテントを撤収するのは時間がかかってしまうのだ。ある程度乾かないとしまえないからである。

 雑誌『HO』によると、このニセコ周辺にあるホテルで日帰り入浴が半額になる券が付いている。通常700円なので、350円だ。ホテルの風呂なんて、そうそう入らないから、これが利用できると都合がいい。

 雨の日の運転は特にスリップに気を使う。まだ、苫小牧から55kmくらいしか走っていないというのに。。。疲れた。

 ここで昼ご飯にしよう。道の駅にあるレストランで、きのこ天丼を注文する。880円也。値段は高い。観光地値段。まぁ、仕方ない。
 味は。。。普通。 ちょっと衣が厚いな。それにもう少しご飯にタレがかかっていた方が。。。要望を言うとキリがないか。。。
Imgp2060r
↑キノコ天丼

Imgp2059r
↑道の駅のレストランでは、窯でピザを焼いていた。これもおいしそうだった。食べてないけど(^^;。

 約2時間道の駅にいるが、雨は止まない。仕方ない。出発しよう。14:35、道の駅フォーレスト276大滝を出発。

 (つづく)

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2013年10月21日 (月)

第225段:【寄り道】北海道ツーリング記~苔の洞門(3)

 今回も【寄り道】。 第224段:【寄り道】北海道ツーリング記~苔の洞門(2) の続きです。

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 洞門の入口が見える観覧台へ続く階段の側にあるもう一つの看板には、コケの説明がある。
P8020164r

  『苔の洞門のコケ植物

   苔の洞門で多く見られるコケ植物は、次のとおりです。
   ●蘚類(せんるい)
     エビゴケ・エゾチョウチンゴケ・スジチョウチンゴケ・タカネスギゴケ・
     セイタカスギゴケ・ヤマコスギゴケ・エゾノコブゴケ・ミヤマサナダゴケ
   ●苔類(たいるい)
     オオホウキゴケ・ジャゴケ

   代表的なコケ植物の特徴
    代表的なコケ植物の特徴は、次のとおりです。

   エビゴケ(エビゴケ科)
    エビゴケは主に、山地の日陰地の、やや湿気のあるような岩面に垂れ下がるように群生し、葉の中央脈(中肋)がエビの触角をおもわせるように突出しているコケ植物です。洞門内の岩面の大部分がこのエビゴケでおおわれています。

   ジャゴケ(ジャゴケ科)
    ジャゴケはヘビのウロコのような六角形の区画が表面にみられ、湿った岩の上や土の上に生育し、人家のまわりにもみることができます。洞門内の中腹部に、まるで緑色のヘビがはうように群生する様子がみられます。

   エゾチョウチンゴケ(チョウチンゴケ科)
    エゾチョウチンゴケは、山地の腐木の上や岩の上に生育し、茎の先端に小枝状の無性芽をつけます。胞子体の頭の部分はチョウチンがぶらさがったようにみえます。洞門内ではエビゴケの次に多くみられるコケ植物です。

   オオホウキゴケ(ツボミゴケ科)
    オオホウキゴケは、湿った岩の上や土の上に重なりあって群落をつくります。個体は緑色で、ときどき赤みをおびます。一種独特な香りを持っていて、洞門入口付近や終点付近の岩の上や岩壁に密集して生育しています。』
   
Moss1r

Moss2r

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2013年10月20日 (日)

第224段:【寄り道】北海道ツーリング記~苔の洞門(2)

 今回も【寄り道】。 第223段:【寄り道】北海道ツーリング記~苔の洞門(1) の続きです。

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 その洞門の入口が見える観覧台へ続く階段の側に “苔の洞門”について紹介している看板が2つ設置されている。

 いつも通り、“苔の洞門”の説明は、この看板の内容を紹介することで代用しよう。
P8020163r

『支笏洞爺国立公園 苔の洞門

 苔の洞門データ
  ①位 置 支笏洞爺国立公園支笏湖南岸(北海道千歳市支寒内)
  ②標 高 駐車場入口 250m 洞門終点 340m
  ③総延長 洞門入口から420m
  ④洞門内で見られるおもなコケ
         エビゴケ、エゾチョウチンゴケ、ジャゴケなど

 苔の洞門
  苔の洞門は、樽前山の西暦1739年の噴火により生じた火砕流堆積物(溶岩凝灰岩)が、噴火直後に頻発した土石流等により急激に浸食されてできたものです。

  この渓谷の岩壁には、約20数種類のコケ植物が密生しており、これらは、適度な日照と湿度などの非常にうまく保たれた自然条件によって形成されております。

  このように、コケ植物が着生する特異な景観は私達の目を魅了するばかりではなく、学術的にも大変貴重な存在です。

  みんなで十分に保護しましょう。』

  まぁ、それは分かる気がする。人を入れたら、確実にコケが傷つくだろうしね。

  説明書きには、洞門を進んでいくと現れる風景の写真が紹介されている。
  拡大するとこんな感じだ。


20100802_mosscave1r

(つづく)


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2013年10月19日 (土)

第223段:【寄り道】北海道ツーリング記~苔の洞門(1)

 第222段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (3)~ 樽前国道・支笏国道 で “苔の洞門 ”が出てきましたので、今回はそのときの話を。

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 2010年8月2日

 駐車場の先に、随分と小綺麗な建物がある。
  “苔の洞門ネイチャーセンター ”だ。

 入ると、シルバーなおじさん達がいる。入ってきた観光客に洞門の成り立ちやら、苔の説明やらをしてくれる。

 ここは無料なはず。

 なのだが、苔の洞門の維持のためとか称して、寄付を募っている。ほとんど半強制的に。寄付、ということだから、別段払わなくてもよいはずなのだが、払わざるを得ない雰囲気だ。

 でも、そんなことなら、いっそのことはっきり “有料:一人100円 ”とでもしてもらった方がいいのに、と思う。

  “苔の洞門”でググってみたが、どのHPも “無料”と書いてある。。。

 金額は忘れたが、いくらかコインを入れた。

 実は、この “苔の洞門”。 その洞門の入口までしか行けないのだ。
 観覧台があって、観光客はここから洞門のほんの入口部分を眺めるだけ。
 実に “残念”な観光地なのである。いろんな意味で。

 2001年6月に岩盤崩落があり、以後危険ということで、洞門内部の観光ができなくなったという。それまでは、かなり自由に洞門内を散策できていたらしい。

 まぁ、その措置はわからなくもないのだけど。。。

 洞門の入口までは、片道750m。12~13分くらい歩く。ちょっとした森林浴のような感じだ。

 洞門の入口が見える観覧台へは階段を上る。上った先にようやく 苔の洞門の “入口”が見えた。

 P8020174r
 ↑苔の洞門の “入口”  観覧台からの風景
   まぁ、一応苔むしているのは分かるのだけど。。。

 P8020177r
 ↑むしろその周りの風景のほうが、よっぽど苔がきれいに見える。。。(^^;

 苔の洞門の詳しい説明は次回へ。
 (つづく)

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2013年10月18日 (金)

第222段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (3)~ 樽前国道・支笏国道

 セイコーマートで少し雨が降り出したので、レインウェアを着ることにした。
 この時点では、まだそれほど降っていなかったのだけど。。。

 苫小牧からR276(国道276号)、通称 樽前国道を北上し、R453(国道453号)との分岐を左に折れると支笏湖畔を走る支笏国道だ。

 ただ、湖側は林に覆われていて、支笏湖は望めないのは残念。

 11:32頃。支笏湖畔の「苔の洞門」にやって来た。

 ここに来るまでに、雨は本格的に降り出した。「苔の洞門」の駐車場に入ったのも、雨宿りできるところがないか期待したのだが、あいにくと東屋も軒下も大きな木もなかった。

 「苔の洞門」を見ようかとも思ったが、2010年に一度見ていること、また、雨は相変わらず降り続けていることもあり、先を急いだほうが良さそうだ。「道の駅フォーレスト276大滝」まで行こう。11:43出発。

P8020037r_2
↑晴れていれば、支笏湖畔からはこのような景色が見える。
 2010年8月2日撮影。支笏湖畔 モーラップキャンプ場より風不死岳(1,102m)(正面)、
 その左に樽前山(1,041m)の溶岩ドームが少し顔を出しているのが見える。

(つづく)

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2013年10月17日 (木)

第221段:【寄り道】北海道ツーリング記~樽前山(2)

 2012年8月2日。
 樽前山の7合目の駐車場には、10:30頃到着。50台ほどの駐車スペースは満車状態。セローはいちばん端の木陰に停めた。

 体操をして、トイレを済ませ、10:57出発。

 11:30。東山・西山の分岐に到着。

 向かって右の東山の方に向かう。
 11:45、東山山頂に到着。ここでお昼にする。

 拍子抜けするほど早く東山に着いてしまったので、西山にも行ってみることにする。
 12:20出発。

 東山・西山の分岐には12:25に到着。まぁ、下りだからあっという間だ。

 溶岩ドームを結構間近で見られる。
 そばに行けないのは残念だが、よくみると所々で蒸気が噴き出している。立ち入り禁止は仕方のないところだろう。

 西山山頂には、13時頃に着いた。
 西山には、東山のような山頂の看板?はなかった。
 溶岩ドームに登れない以上、樽前山でいちばん高いのは、東山だからだろう。

 外輪山というくらいだから、一周できるのだけど、さすがにそこまではしないで、来た道を戻ることにする。13:09出発。東山・西山分岐に13:40頃着。7合目のヒュッテのあるところには14:05頃到着した。

 樽前山は、7合目まで車で行けることもあって、手軽に登山を楽しめる山だと思う。

P8020050r
↑支笏湖

P8020053r
↑東山・西山分岐

P8020058r
↑溶岩ドーム

P8020064r 
↑樽前山山頂 東山 1,022m  後方に溶岩ドームが見える。

P8020087r_2
↑東山山頂付近にエゾゼミがいた。

P8020102r

↑樽前山 西山

P8020133r
↑樽前山 西山から溶岩ドームを見る

P8020140r
↑西山までの道のりは、こんな感じ。

P8020160r
↑登山道から下界を見る。 森林限界がはっきり分かる。

(つづく)

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2013年10月16日 (水)

第220段:【寄り道】北海道ツーリング記~樽前山(1)

 なんか、なかなか本編の「2013夏 北海道ツーリング記」に行けないような。。。(^^;
 今日も寄り道です。

 第219段:【寄り道】北海道ツーリング記~丸山遠見望楼(2) で  “樽前山(たるまえさん)”が出てきました。

 2010年8月2日に登っているので、そのときの記録を。

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 第218段:【寄り道】北海道ツーリング記~丸山遠見望楼(1) に丸山遠見望楼の看板の写真があるが、この中に樽前山が載っている。

 支笏湖の南、苫小牧市の北西方向に樽前山はある。

 7合目にヒュッテがあり、ここまでは車両が入れる。樽前山登山はここから出発する。樽前山を説明する看板があった。
P8020042r

 分かりやすいので、例によってこれを引用させてもらおう。

『支笏・洞爺国立公園  樽前山  三重式活火山(天然記念物)

 樽前山の標高  1,041m(溶岩円頂丘)←つまり溶岩ドームの頂上
             1,022m(東ピーク)
               995m(西ピーク) 

 樽前山の概要

 樽前山は、苫小牧・千歳の両市及び白老町の境界に位置しています。
この火山は、風不死岳、恵庭岳と同様に支笏カルデラの形成後、カルデラの中心を北北西から南南東に通る構造線に沿って噴出しました。

 山頂部には東ピーク、及び西ピーク等からなる直径1.5×1.2kmのほぼ円形状の外輪山に囲まれた低い中央火口丘があり、その火口を埋めて最大径450m、高さ134mの安山岩質の溶岩円頂丘があります。

 この円頂丘は学術的にも貴重で北海等の天然記念物に指定されています。

 噴火の歴史は、1667年(寛文7年)、1739年(元文4年)とされており、1867年(慶応3年)の噴火の際には溶岩円頂丘を形成しましたが、1874年(明治7年)の活動でこの円頂丘は崩壊しました。

 現在溶岩円頂丘は、1909年(明治42年)の活動の時に形成されたものです。また、1917年(大正6年)の噴火の際には大亀裂を生じ、1933年(昭和8年)の活動では、新たな火口や亀裂を生じるなど1955(昭和30年)まで活発な噴火活動を行っていました。

 その後、23年間の休止期を経て1978年(昭和53年)5月に小噴火し、山麓に降灰をもたらしました。

 この後も断続的に山頂付近に降灰をもたらすなど活発な活動が続いていましたが、1981年(昭和56年)2月の小噴火を観測。

 1999年1月には噴煙活動を観測しており、現在も活発な噴気活動が観測されています。

 これに伴い2000年より内輪山の立入りを禁止しています。』

 
20100802r
 ↑俯瞰地図拡大

 では、登山の模様は次回へ。
  (つづく)


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2013年10月15日 (火)

第219段:【寄り道】北海道ツーリング記~丸山遠見望楼(2)

 第218段:【寄り道】北海道ツーリング記~丸山遠見望楼(1)  の続きです。
 

 では、望楼に上ってみよう。

 今更だけど、この望楼は木造だ。
 なんとなく不安。腐ってたりしないよね。。。(^^;

 実は、この望楼に着いたのが、2012年8月25日 16:39頃。
 もう日も傾きかけている。
  西方向が白くぬけているのは、そのため。

 望楼は、四角く組まれているため、望める方向も4方向。それぞれの方向にどんなものが見えるか、天井に絵が掲げられている。

 その絵と対比する形で、望楼から見える景色を紹介しよう。

20120825_p8259219_r

20120825_p8259242_r
↑南西方向 正面の山が樽前山(だと思う(^^;)


20120825_p8259220_r

20120825_p8259200_r
↑北西方向  正面左が恵庭岳、右が紋別岳


20120825_p8259221_r

20120825_p8259210_r
↑北東方向  千歳市方面

20120825_p8259222_r

20120825_p8259214_r
↑南東方向  苫小牧方面

(つづく) 

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2013年10月14日 (月)

第218段:【寄り道】北海道ツーリング記~丸山遠見望楼(1)

 今日も【寄り道】です。

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 2012年8月25日。

 日本最古の木製サイロを見た後、支笏湖方面へ向かった。

 苫小牧市から支笏湖方面へ向かうR276(国道276号)。

 R453(国道453号)との分岐のT字路の手前(すなわち苫小牧寄り)3kmほどのところ。
 苫小牧から支笏湖に向かう場合、進行方向左側を気をつけて見ていると、

  “丸山遠見望楼
  口無沼風景林・入口”

 と書かれた看板がある。

 ここが丸山林道の入口。

 ここからは、当然ながらダートである。

 途中、いくつかの分岐があるが、分岐の箇所には、望楼に向かう方向を示す看板があるので、望楼までの道を迷うことはない。

 約3~4kmほどダートを進むと丸山遠見望楼に到着した。

 望楼の近くには説明書きの看板がある。
 まずは、これを引用させてもらおう。

20120825_p8259177_r
↑丸山遠見望楼前にある看板

20120825_maruyama
↑その看板に描いてある丸山遠見望楼周辺地図


『丸山遠見望楼(まるやまとおみぼうろう)

 丸山遠見は、樽前山があたかも大鳥が翼を拡げるように穏やかな傾斜を見せて、太平洋に接するほぼ中間に位置する標高321メートルの小丘陵です。

 この地一帯の森林は、昭和29年(1954年)の洞爺丸台風で想像を絶する大量の風倒木が発生し、壊滅的な被害を受けましたが、多くの人達の長年にわたる努力により、現在は見事な樹海がよみがえっています。

 この丘陵地は樽前山、風不死岳を背に紋別岳、恵庭岳を傍らにみて果てしなく拡がる樹海を一望できることから「遠見」と称されています。

 丸山遠見望楼の歴史は古く、明治中期に簡単なヤグラ建の見張り所がおかれたことに始まり、その後改築を繰り返しながら、今日まで百年余り森林火災防止や森林造成の推進に大きな役割を果たしてきました。

 国有林は国民共通の財産として、土砂崩壊防止や水源かん養などの「水土保全林」と、優れた自然環境の保全や余暇活動への利用などの「森林と人との共生林」を柱とする公益林の拡充に重点を置いた管理経営を行っています。

 今後もこの望楼が訪れる人々に森林とのふれあいを通じて自然の素晴らしさ、森林の大切さを実感できる場となればと考えています。』

 合わせて、望楼の概要も書いてあるので、それも以下に記載しよう。


『概要

 1 構   造  全高 13m  基礎 コンクリート  木造4階建

 2 主要資材  カラマツ材10m3  スギ材9m3  鋼材 100kg

 3 沿   革  ・昭和17年(1942年)  2階建望楼完成
           ・昭和29年(1954年)  洞爺丸台風被害を受け改築
           ・昭和54年(1979年)  老朽化により4階建望楼(13m)新築
           ・平成12年(2000年)  老朽化により望楼及び看板新築

 平成12年10月 北海道森林管理局 胆振東部森林管理署』


20120825_p8259185_r
↑丸山遠見望楼


 望楼から見た景色は、次回へ。(つづく)


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2013年10月13日 (日)

第217段:【寄り道】北海道ツーリング記~日本最古の木製サイロ

 2013年夏の北海道ツーリング記は、ちょっとお休み(^^;。

 今回は、【寄り道】と称して、2013年ではないけれど、過去に北海道をツーリングしたときのことを書こうと思います。

 というのも、このブログを書き始めたのは、2013年3月2日から。それ以前の記事はなかなか書く機会がない。
 そのため、2013年のツーリング記のところどころで過去の記録を盛り込んで行きたいと思うわけで。。。

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 本編(2013年夏 北海道ツーリング記)では、苫小牧を離れてしまうので、その前に苫小牧近郊の情報を。

 2012年8月25日。

 苫小牧市の北東、R234(国道234号)を約16km行くと、JR北海道函館本線の遠浅(とあさ)駅がある。その駅に行く手前の道を(苫小牧側から来た場合)左に折れると、程なくして、進行右側に赤い屋根の木製サイロが見えてくる。

20120825_p8259167_r
↑日本最古の木製サイロ

 例によって、説明書きがある。引用させてもらおう。

『日本最古の木製サイロ(早来町文化財指定第1号)

 サイロとはサイレージ、つまり牧草やトウモロコシなどを詰めて密閉し、乳酸発酵させて貯蔵した飼料をつくる建物である。現在のサイロはコンクリートをはじめ、多様な材質で建造されており、木製のものは国内では北海道に3基のみが残っている。そのなかで、1930年(昭和5年)に建てられたこの『木製サイロ』は日本最古のものである。

 早来町(はやきたちょう)は、昭和初期に30戸ほどの酪農家が集団入植し、1933年(昭和8年)この遠浅に日本で最初のチーズ工場が酪連(後の雪印乳業)により建設された。当時のチーズは、このサイロでつくられたサイレージで飼育された乳牛から出来たのだ。

 木製サイロは明治期に架けられた空知川の橋の架け替えの際に払い下げられた材を利用したものである。サイロの中心部に柱はなく、「漬物樽」方式とよばれる造りである。

 屋根は木造トタン張りで、地上部の円筒部分に使われている148枚の板は、厚さ6cm、幅18~25cm、長さ3.6m。釘は用いず、外側を囲む鉄の帯で押さえている。地下を含めた全高は12.7mで、120トンサイレージを貯蔵できた。このサイロは1978年(昭和53年)ころまで使用された。チーズ発祥の地である早来町の記念として保存されている。

=---=---=---=---=---=---=---=---=---=---=---=---=---=---=---=---=---=---=

 早来町は日本チーズの発祥の地とされ、その象徴が今に残る日本最古の木製サイロ、昭和5年に建造され産業遺産としての価値も高く、歴史を物語るシンボル的な存在でもあります。
 早来町文化財保護条例第3条の規定により、早来町文化財として指定します。

  平成16年5月27日』

 ただし、早来町は、2006年3月27日、追分町と合併し、現在は安平町(あびらちょう)となっている。

 このサイロは当然ながら、現在は使われていない。

 (つづく) 
 

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2013年10月12日 (土)

第216段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (2)~ “HO”

   「海の駅ぷらっとみなと市場」からほど近いセイコーマートに寄り、雑誌『HO』を購入。580円也。

 Imgp2062r
  ↑雑誌 “HO”
  2013年9月号の表紙は、釧路のフィッシャーマンズワーフMOO。


 ご存知の方も多いだろう。
 北海道の旅人の強い味方なのだ。この雑誌は。

 雑誌の巻末に温泉無料券、または温泉半額券が付いている。無料になる温泉なら1回、半額の温泉でも2回、この雑誌を使って温泉に入れば、雑誌代はチャラになる計算だ。
 お得な雑誌なのである。

 実はこの雑誌。3~4年前にやはり北海道をツーリングしていた際、北海道をワンボックスタイプの自作キャンピングカーで巡っていた旅人から教えてもらったのだ。

 記事の内容も、北海道のことなので、読んでいて面白い。
 もっともツーリング中はなかなか読む機会がないのだけど(^^;。

 さて、セイコーマートを9:32出発。
 また、少し雨が降り出した。

 (つづく)

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2013年10月11日 (金)

第215段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/28) (1)~苫小牧にて

 腕時計のアラームは、5時にセットしていたが、そのほんの少し前、4:55位に目が覚めた。

 天気は最悪だ。
 雨である。
 寝ている間も雨足がときより強くなっているのは、何となく気づいていた。
 すぐに撤収に取りかかる。

 しかし、その間にも結構強い雨が降っている。
 さて、今日の予定をどうしたものだろう。
 ここまで雨に降られると、予定が立たない。

 苫小牧の午前6時の気温はNHKラジオによると、19.4℃。
 天気予報は、 

 後志:曇り 昼過ぎ一時雨      降水確率40~70%
 檜山:曇り ところによりカミナリ   降水確率40~70% 
 胆振:雨  昼前までときどき曇り  降水確率40~70%

 6時~7時くらいにかけてかなり強く雨が降った。これではちょっと出発するのは難しい。

 この間を利用して朝食にする。朝食は、昨日の朝食用として買ったピザパンとポテトサラダ、昨日イオンモール苫小牧で買ったタマゴロール、ヨーグルトLG21、野菜ジュース。

 撤収しながら、今後の予定を考える。

 もともと、9日間休みがあると言っても、往復のフェリーで2日使う。また、会社が始まる前日は体を休めたい。となると、北海道に実質いられるのは、6日ほどなのだ。

  今回の北海道ツーリングは、7月27日~8月3日まで。
 フェリーは、往路7月27日深夜便。 復路8月2日夕方便だ。

 そうなると、あまり苫小牧から離れると、戻ってくるのが大変なのだ。
 かっとんで行けるバイクならそれもできるだろうけど、セローにキャンプ道具満載では速く走れないのでね。

 
 そこで、今回のツーリングでは、道南を廻ることにした。

 当初、ツーリングの早い時期に後方羊蹄山(しりべしやま)を登るつもりだったけど、この雨では無理そうだ。一応、天気が回復することを前提に、後方羊蹄山登山の日程は最後にして、先に渡島半島を反時計周りに進んで行くことにしよう。。。

 
 ようやく雨が止んだ。
 9:03出発。

 昨日、苫小牧フェリーターミナルで手に入れたパンフレットの地図を見て、ちょっと寄ってみたいところがあった。

 「海の駅ぷらっとみなと市場」だ。

 ほっき貝などの海産物や野菜などを扱っている市場だ。その敷地の一角に「ほっき貝資料館」(入館無料)がある。苫小牧はほっき貝で有名なのだ。

 ここを見てみたかったが、午前10時開館ということなのでまだ開いていない。ざっと市場を見たが、特に何も買わず出発した。

 

20130728_p7283079r
↑ほっき貝資料館

(つづく)

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2013年10月10日 (木)

第214段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/27)~苫小牧上陸

 周りの人のうごめく気配で目を覚ました。はて何時だろう、と思って時計を見たら、8:30過ぎだった。

  “昨夜”ではなく “今日”だったが、寝るのが遅かったからか。

 すぐに起きて、ラウンジに行った。ちょうど窓際の2人席が空いている。ここに荷物を置いて陣取った。

 外の天気は曇り。霞んでいるため、進行方向左側には、晴れていれば見えるはずの対岸が見えない。

 午後には雨が降ってきた。

 さて。

 フェリーが苫小牧に到着するのは、19:45。そんな夜に苫小牧に着いてどうするか。

 キャンプをするにしても、テントを雨に濡らすと乾かすまでテントを撤収できないため、撤収するのに時間がかかる。テントを雨に濡らすのは、得策ではない。。。

 ちょっとフェリーの甲板に出てみよう。
 扉を開けると、結構風が冷たい。これは、関東地方とのギャップがありすぎだ。ここまで寒いとは。
 特にフリースなどの防寒着は持ってきていない。防寒というと、ネックウォーマーとフェイスマスクだけは持ってきたが。
 寒かったら、というかバイクに乗れば確実に寒いだろうから、レインウェアを上下とも着る、ということになるだろう。

 それにしてもいきなり試練だな。

 休みが決まっているサラリーマンにとっては、天気が選べない。天気が悪そうだといって、旅の日程は変更できない。仕方ないことではあるけども。

 泊まるところをどうするか、だが、苫小牧港に上陸したとき、あまりにひどい雨だったら、支笏湖畔にあるライダーハウス、モーラップ樽前荘にでも行ってみようか。1泊1,500円。ビジネスホテルや民宿よりは安い。ライダーハウスなので、男女別相部屋だけど。。。

 17:00頃、風呂に入る。時間とお金の節約のため、フェリー内で風呂に入っておく。

 フェリーはほぼ定刻通り、19:35に苫小牧港に入港・着岸した。車止め撤去作業、人道橋取付け作業のため、15分かかるという。下船案内は20時の予定だ。

 下船を待つ間、もう一度甲板に出てみた。
 天気は雨。小雨が少し舞っている程度だが、路面は濡れているだろう。

 問題は明日の天気。このくらいならテントを設営しても問題ないだろうが、明日にかけて降られると困る。さて、キャンプにするか、ライダーハウスに入るか。。。思案のしどころだ。

 20:10頃、下船案内がフェリー内に流れる。62段の階段を下りて、最下層のEデッキへ行く。 

 荷物をバイクに積もうとして、動かしたとき失敗した。
 ヘルメットをホルダーに付けたまま、バイクを動かしてしまった。
 ヘルメットの横側が汚れた。
 動かすときどうも重いと思ったんだ。
  “メガネクリーナーふきふき ”である程度は汚れは取れたけど。

 20:25。苫小牧に上陸。雨はとりあえずは降ってはいない。ただし、地面は相当濡れている。大きな水たまりがあるほどだ。つい先ほどまで強い雨が降っていた、そんな感じだ。

 苫小牧フェリーターミナル内で情報収集することにした。土産物店にある新聞をちょっと見させてもらう。道内はここ3日くらい曇りときどき雨の予想だった。

 苫小牧に関するパンフレットを手に入れてバイクのところに戻ってきた。

 現在20:54。

 決めた。雨は降ってないんだ。キャンプすることにする。
 
 さて。先に夕食を食べよう。いつも行くところは決まっている。
 イオンモール苫小牧だ。
 フードコートは22時まで、食料品売り場は23時まで開いている。

 まず、持ってくるのを忘れた歯磨き粉を買う。178円也。

 次に2階の専門店街にあるフードコートにやってきた。東大門の石焼きビビンバにする。650円也。ご飯の量は少な目だが、美味。

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↑27日の夕食。東大門の石焼きビビンバ(^^)。美味。


 なんか、体が酔ってもいないのにふらふらする。別の意味で酔ったらしい。つまり船酔いだ。軽度だけど。ちょっと波があって、フェリーが揺れたから。

 22時までにビビンバを食べ終え、食料品を買いに行く。朝食のパンの残りと野菜ジュースはあるから、あと購入するのはヨーグルトぐらいか。

 今日はアルコールは止めておいた方が良さそうだ。

 22:30頃、イオンモール苫小牧を出発。途中のコスモ石油(セルフ)で給油する。153円/L。結構高い。。。

 さて、苫小牧市内のとある場所にやって来た。ただ、この場所がどこかは、諸般の事情から言えない。ここでキャンプをする。無論人の迷惑にならないところだけど、人が殺到されても困るから(もっともこのブログ自体それほど人の目に触れないけど(^^;)。

 今日は、若干船酔いしていることもあり、晩酌なし。このまま歯を磨いて寝てしまった。
 23:20頃就寝。
(つづく)

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2013年10月 9日 (水)

第213段:2013夏 北海道ツーリング記(2013/7/26)~ツーリングへ出発

 今回から2013年夏の北海道ツーリング時の記録です。
 途中、脱線などもしながらですが、書いていきます。

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 7月27日から8月4日まで会社は夏休み。その間、暑い関東地方を脱出して、北海道へツーリングに行く。
 今日(7月26日)は少し早く16時に会社を退けてきた。大洗港発苫小牧西港行きの商船三井のフェリー(さんふらわあ深夜便)に乗るためだ。
 

 天気は曇りときどき晴れ。雨の心配はない。

 17時出発予定が18:10。
 あまりに暑くて、体が汗でベトベトだったので、シャワーを浴びたり、荷物のパッキングをしていたりしたら、この時間だ(^^;。
 

 さぁ。行こうか。セロー。
 18:12 自宅を出発。
 

 八王子ICに着いたのは、18:27。
 中央道は、八王子-府中間が渋滞11km。
 すり抜けさせてもらう。それでも平均40km/H。
 

 首都高に入ってからは、6,000mある山手トンネルで故障車のため、大渋滞。
 これはきつい。ただでさえ、夏でトンネル内は熱気がこもるのに、各車のエアコンの排熱、エンジンの熱で、体感温度は40℃以上。
 

 その昔、織田勢に攻められた甲斐の快川(かいせん)和尚は、 

 『心頭滅却すれば、火もまた涼し』 

 の辞世の句を詠んだという話だけど。。。

 いくら心頭を滅却しても、汗がだらだら出てくる。干上がりそうだ。
 故障車をやり過ごしたら、ようやく流れた。

 加平PAに着いたのが19:40頃。事故渋滞がなければ30分は早く着いていたはずだ。
 ここで水分を補給をする。(加平PAまで61.5km)
 

 GPSによると、ここから大洗港まで直線で約89kmだ。

 19:59、加平PA発。
 

 20:18。守谷SAに到着。加平PAで休憩してから時間がそれほど経っていないが、その次の休憩予定の友部SAまでは距離があるので寄っておく。

 休憩は施設の充実度からPAよりSAの方がいい。最近はPAもかなり充実してきてはいるけど。

 地図で残りの距離を確認。約60km弱で友部SA。
 そこから水戸大洗ICまでが15kmくらい。
 友部SAまでは約40分くらいだ。友部SAで食事する時間がなければ、弁当にして、フェリー内で食べよう。
 トイレに行ってから20:43出発。
 

 友部SAには、21:25に到着。
 時間があるので、友部SAで夕食をとることにする。
 茨城県水戸らしく納豆定食。500円也。内容と比較すると値段が高いが、まぁ、サービスエリアだし、こんなもんだろう。
 

 ここでひとつ忘れ物に気づいた。エコバッグを持って来るのを忘れた。 

 22:05、友部SA出発。
 
 水戸大洗ICに着いたのが、22:25頃。

 大洗港に向かう途中にあるスーパーエコスで買い出しをする。
 そのすぐ近くにはコンビニ(セブンイレブン)もあるのだが、このスーパーは深夜12時まで開いているので便利だ。
 

 明日(27日)の昼食は用意してある(レンジでチンをすればいいごはん、サンマの蒲焼き缶詰、インスタント味噌汁)から、明日の朝食用にパンとヨーグルト、サラダ類。それとビールも買わねば。

 ここは、レジ袋が有料だ。地方に行けばこれが当たり前。東京人はレジ袋がタダでもらえることに甘えているのだ。
 それはともかくエコバッグを忘れてきたので、ここでエコバッグも購入した。
 

 大洗港FT(フェリーターミナル)に着いたのは、22:50頃。

 インターネット予約時にコピーしておいた書類を2枚印刷して持ってきたので乗船名簿を書く必要がない。
 

 手続き自体は簡単に終わり、指定の場所にバイクを乗り付けると、係員に呼ばれ、すぐに乗船だった。

 22:57乗船。
 

 バイクはいつも最下層のEデッキに案内される。

 私の前に停まっているバイクは16台ほど。それほど多くない。お盆の休みの前だから、こんなものだろう。Eデッキに入っている乗用車の数もEデッキ全部を埋め尽くすほどではない。
 

 船内で使用する荷物と買い出しの荷物を持って案内所のあるBデッキまで階段で上がる。これが、重い荷物を持っていると一苦労。階段は踊り場を除くと、Bデッキまで、62段ある(数えた(^^;)。 

 指定されたベッドNo.20は、船首側の4人部屋の一つだった。

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↑『さんふらわあ しれとこ』のベッド


 乗ったフェリーは、『さんふらわあ しれとこ』。深夜便は2等寝台のみの設定だ。しかもベッドは1段ベッド。天井までが高いため、広々としているのは、いい。
 

 ベッドメイキング(シーツは自分で敷く)してから、大浴場に行った。 

 山手トンネルの渋滞のせいで汗だくだったので、気持ちが悪い。風呂に入ってすっきりしよう。 

 さんふらわあの大浴場はカランが12。サウナと水風呂もある。フェリーのお風呂としては、大きい方だ。 

 風呂から上がって、ビールで乾杯。これからの旅の安全と健康を願って。 

 日付変わって、27日午前2時頃就寝。(つづく)

(出発時のオドメーター:68086.9km、同トリップメーター:0.8km)
(7/27のオドメーター :68258.1km、移動距離:171.2km)

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2013年10月 8日 (火)

第212段:京都タワー(13)

 現在、9月19日 18時57分頃。京都タワーからの夜景、最終回。

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↑比叡山(12.8km)、平安神宮(3.7km)、南座(2.1km)、五山(大文字)(6.8km) および 祇園方面

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↑修学院離宮(8.5km)、京都大学(4.7km)、枳こく邸(きこくてい)(0.4km) 方面

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↑烏丸通り、京都国際会館(8.5km) 方面

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↑下鴨神社(5.8km)、市役所(2.7km)、五山(妙)(9.1km)、五山(法)(8.8km) 方面

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↑西陣方面、府庁(3.6km) 方面

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↑北方面、二条城(2.8km)、五山(船形)(10.8km)、東本願寺(0.2km)方面

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 現在、9月19日 19時01分頃。
 帰りの新幹線に乗らねば。17時46頃から風景を見ているので、約1時間15分の間、京都の夕暮れ~夜景の景色を堪能した。

 もうちょっと俯瞰から京都の町を見てみたかったところだけど。。。

 因みに。展望台を囲む赤い鉄骨(夜になると、ライトアップのため、黄色に見えるが)をわざわざ写真に入れた理由。

 撮影する際、窓ガラスの映り込みを防ぐため、カメラをガラスに密着して撮影している。そうすると、鉄骨まで映ってしまう。

 望遠機能で鉄骨が映り込まないようにすることはできるが、そうすると当然ながら、画角が狭くなる。なるべく広く画角を撮りたかったので、広角側にして撮影した、というわけである。

 いちばん上で書いた通り、今回で京都タワーからの景色は終了です。

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2013年10月 7日 (月)

第211段:京都タワー(12)

現在、9月19日 18時52分。 引き続き、京都タワーからの夜景です。
夜景になってから、そろそろ京都タワー内を一周しました。

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↑東山トンネル方面

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↑東方向   三十三間堂(1.1km)方面

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↑妙法院(1.4km)方面

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↑霊山観音(2.5km)、八坂の塔(2.4km)、清水寺(2.4km)、豊国神社(1.1km) 方面

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↑円山公園、鴨川方面

(つづく)


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2013年10月 6日 (日)

第210段:京都タワー(11)

 現在、9月19日 18時50分。 引き続き、京都タワーからの夜景です。

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↑南方面

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(つづく)

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2013年10月 5日 (土)

第209段:京都タワー(10)

現在9月19日、18時43分。引き続き、京都タワーからの夜景です。

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↑桂離宮(4.5km)方面

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↑蒸気機関車館(1.5km)、京都水族館(1.1km) 方面

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↑あべのハルカス(50km)、大阪城(45.2km)、天王山(14.6km)、大阪方面

(つづく)

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2013年10月 4日 (金)

第208段:京都タワー(9)

現在、9月19日18時36分。 引き続き、京都タワーからの夜景です。

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↑下鴨神社(5.8km)、市役所(2.7km)、五山(妙)(9.1km)、五山(法)(8.8km) 方面

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↑京都御所(3.3km) 方面 

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↑北方向  東本願寺(0.2km)、大徳寺(6km)、上賀茂神社(8.1km)方面

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↑広隆寺(5.7km)、西本願寺(0.7km)、五山(鳥居型)(11.3km)方面

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↑天竜寺(8.3km)、嵐山方面

(つづく)

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2013年10月 3日 (木)

第207段:京都タワー(8)

現在、9月19日 18時20分頃。すっかり夜景になりました。
すでに一周していますが、夜景を撮影するため、もう一周します。

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↑十五夜の月が見えます。

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↑東山トンネル方面

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↑東方向   三十三間堂(1.1km)方面

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↑霊山観音(2.5km)、八坂の塔(2.4km)、清水寺(2.4km)、豊国神社(1.1km) 方面

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↑円山公園、鴨川方面

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↑銀閣(5.6km)、五条大橋(1.2km)方面

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↑比叡山(12.8km)、平安神宮(3.7km)、南座(2.1km)、五山(大文字)(6.8km) および 祇園方面

(つづく)

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2013年10月 2日 (水)

第206段:京都タワー(7)

 現在、9月19日18時15分。日の入りしてすでに16分くらい経過。
 外は夜景に変わりました。

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↑伏見桃山城(5.6km)、伏見稲荷大社(2.5km) 方面

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(つづく)

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2013年10月 1日 (火)

第205段:京都タワー(6)

 現在、9月19日 18時7分。
 大分外が暗くなってきました。引き続き、京都タワーからの眺めです。
 だんだん夜景になってきます。


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↑あべのハルカス(50km)、大阪城(45.2km)、天王山(14.6km)、大阪方面

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↑京都競馬場(9.3)km 方面

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(つづく)

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